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第30話 動かない令嬢の周囲が、勝手に動き出す
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第30話 動かない令嬢の周囲が、勝手に動き出す
その日、私は珍しく朝から応接室にいた。
理由は単純――呼ばれたからである。
(働く予定はなかったんだけど)
紅茶を一口含みながら、私は集まった面々を眺めた。
父、公爵。
執事のロバート。
マーガレット。
そして、領内の各部署を束ねる代表者たち。
全員、やけに真剣な顔をしている。
「……それで?」
私が促すと、ロバートが一歩前に出た。
「お嬢様。
本日は“ご相談”がございます」
「嫌な予感しかしないわね」
「いえ、決してお嬢様に働いていただく話では……」
「“決して”がつく時点で怪しいのよ」
場の空気が、わずかに緩む。
ロバートは咳払いをし、続けた。
「先日の帳簿整理以降、
現場の判断速度が向上しました」
「それは良かったわね」
「はい。
結果として、各部署が独自に改善案を持ち寄るようになりまして……」
嫌な単語が聞こえた。
「……改善案?」
「はい。
“お嬢様のご意向を形にしたい”と」
私は、思わず額を押さえた。
(私、何か意向を出した記憶あったかしら)
「例えば、倉庫管理班は動線整理を。
厨房は試作工程の簡略化を。
ぶどう園は副産物の活用計画を――」
「待って。
それ、誰がまとめてるの?」
「……皆で、です」
最悪の答えだった。
「ねえ、それって」
私は静かに言った。
「“責任者不在の暴走”になりかけてない?」
空気が凍る。
代表者の一人が、恐る恐る口を開いた。
「お嬢様が“自由にしていい”と……」
「自由と無秩序は違うわ」
私ははっきり言った。
「判断していいのは現場。
でも、方向を決めるのは組織」
全員が息を呑む。
「だから――」
私は一枚の紙を取り、さらさらと書いた。
・各部署に代表一名
・週一回の簡易報告
・最終判断は“保留でいい”
「これだけでいいわ」
「……それだけ、ですか?」
「ええ。
私が全部見る気はないもの」
父が、腕を組んで感心したように言う。
「止めもせず、
握りもしない。
だが、道は外させない……か」
「お父様、
それ褒めてます?」
「褒めているとも。
怖いほどにな」
その後、会議は驚くほど早く終わった。
誰もが、肩の荷が下りた顔をしている。
マーガレットが小声で言った。
「皆、“お嬢様が決めてくれる”と思っていました」
「決めないわよ」
「……ですよね」
昼過ぎ、庭を散歩していると、使用人たちの声が聞こえた。
「最近、動きやすいよな」 「責められないって分かってるから」 「変に緊張しなくて済む」
私は木陰で立ち止まる。
(……勝手に回り始めてる)
私は何もしていない。
命令も、管理も、叱責も。
ただ、
“責任を個人に押し付けない”
それだけを決めただけだ。
夕方、日記を書く。
『今日は、
また働いていない。
でも、皆が勝手に前へ進んでいた。
少し不安。
でも、多分これでいい』
ペンを置き、ふっと笑う。
働かない。
だが、放置もしない。
動かない中心があるからこそ、
周囲は安心して動ける。
(……私、
案外いい位置に立ってるのかも)
紅茶の香りが、部屋に満ちる。
明日もきっと、
私は何もしない。
そしてまた、
周囲だけが、勝手に成長していくのだろう。
その日、私は珍しく朝から応接室にいた。
理由は単純――呼ばれたからである。
(働く予定はなかったんだけど)
紅茶を一口含みながら、私は集まった面々を眺めた。
父、公爵。
執事のロバート。
マーガレット。
そして、領内の各部署を束ねる代表者たち。
全員、やけに真剣な顔をしている。
「……それで?」
私が促すと、ロバートが一歩前に出た。
「お嬢様。
本日は“ご相談”がございます」
「嫌な予感しかしないわね」
「いえ、決してお嬢様に働いていただく話では……」
「“決して”がつく時点で怪しいのよ」
場の空気が、わずかに緩む。
ロバートは咳払いをし、続けた。
「先日の帳簿整理以降、
現場の判断速度が向上しました」
「それは良かったわね」
「はい。
結果として、各部署が独自に改善案を持ち寄るようになりまして……」
嫌な単語が聞こえた。
「……改善案?」
「はい。
“お嬢様のご意向を形にしたい”と」
私は、思わず額を押さえた。
(私、何か意向を出した記憶あったかしら)
「例えば、倉庫管理班は動線整理を。
厨房は試作工程の簡略化を。
ぶどう園は副産物の活用計画を――」
「待って。
それ、誰がまとめてるの?」
「……皆で、です」
最悪の答えだった。
「ねえ、それって」
私は静かに言った。
「“責任者不在の暴走”になりかけてない?」
空気が凍る。
代表者の一人が、恐る恐る口を開いた。
「お嬢様が“自由にしていい”と……」
「自由と無秩序は違うわ」
私ははっきり言った。
「判断していいのは現場。
でも、方向を決めるのは組織」
全員が息を呑む。
「だから――」
私は一枚の紙を取り、さらさらと書いた。
・各部署に代表一名
・週一回の簡易報告
・最終判断は“保留でいい”
「これだけでいいわ」
「……それだけ、ですか?」
「ええ。
私が全部見る気はないもの」
父が、腕を組んで感心したように言う。
「止めもせず、
握りもしない。
だが、道は外させない……か」
「お父様、
それ褒めてます?」
「褒めているとも。
怖いほどにな」
その後、会議は驚くほど早く終わった。
誰もが、肩の荷が下りた顔をしている。
マーガレットが小声で言った。
「皆、“お嬢様が決めてくれる”と思っていました」
「決めないわよ」
「……ですよね」
昼過ぎ、庭を散歩していると、使用人たちの声が聞こえた。
「最近、動きやすいよな」 「責められないって分かってるから」 「変に緊張しなくて済む」
私は木陰で立ち止まる。
(……勝手に回り始めてる)
私は何もしていない。
命令も、管理も、叱責も。
ただ、
“責任を個人に押し付けない”
それだけを決めただけだ。
夕方、日記を書く。
『今日は、
また働いていない。
でも、皆が勝手に前へ進んでいた。
少し不安。
でも、多分これでいい』
ペンを置き、ふっと笑う。
働かない。
だが、放置もしない。
動かない中心があるからこそ、
周囲は安心して動ける。
(……私、
案外いい位置に立ってるのかも)
紅茶の香りが、部屋に満ちる。
明日もきっと、
私は何もしない。
そしてまた、
周囲だけが、勝手に成長していくのだろう。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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