公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―

鷹 綾

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21話 反発

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21話 反発

 予想はしていた。

 だが、やはり来たかという感想だった。

 男子学院の附属として発表した「貴族令嬢教養課程」の設立案は、三日で王都の噂になった。

 四日目には、反発の声が届いた。

「女に学問は不要」

「刺繍と作法で十分」

「余計な知恵をつければ家が乱れる」

 直接私に言う者はいない。

 だが父の執務室には、穏やかな抗議の書状が積まれていく。

 穏やか。

 そう、言葉遣いは丁寧だ。

 しかし内容は明確だった。

 やめろ、と。

「動きは想定内だ」

 父は淡々と言う。

「想定より早いですね」

「お前が目立ちすぎた」

 私は肩をすくめる。

「男子学院が成功しすぎたのです」

 成功は、敵を作る。

 とくに既存の秩序に依存している者ほど。

「主な反対者は?」

「高位貴族の一部と、古い家系の伯爵家だ」

 父は書状を一枚差し出す。

 そこにはこうある。

 令嬢に過度な学問を施すことは、女性本来の慎みを損なう恐れがある。

 私は紙を折りたたむ。

「慎みの定義が曖昧ですね」

「曖昧だから便利だ」

 父は淡く笑う。

「どうする」

「正面からは反論しません」

「ほう」

「彼らの言葉を否定すれば対立になります。私は、肯定します」

 父の眉が上がる。

「女は慎み深くあるべき。賛成です」

「……続けろ」

「その慎みを守るためにも、契約を理解し、財産を把握し、家を支えられる知識が必要です、と」

 父は小さく吹き出した。

「理屈で包むか」

「常にそうしてきました」

 感情でぶつかれば潰される。

 利益で包めば通る。

 男子学院で証明済みだ。

「具体策は」

「説明会を開きます。母たちを集めて」

「父ではなく母か」

「令嬢の教育は、表向き母の管轄です」

 男性貴族が反対しても、妻が賛成すれば家の空気は変わる。

 私は母ビー・レッドの顔を思い浮かべる。

 母は静かだが、強い。

 数日後、公爵邸の大広間に複数の貴婦人が集まった。

 華やかなドレス。

 だが視線は慎重。

 私は壇上に立つ。

「本日はお時間をいただき、感謝いたします」

 深く一礼。

「この課程は、刺繍や舞踏を否定するものではありません」

 まずは安心。

「むしろ、それらをより活かすための知識を補うものです」

 ざわめきが少し静まる。

「例えば婚約契約書。内容を理解できる令嬢は、より良い条件を選べます」

「……」

「例えば家計管理。領地経営を支える妻は、夫の負担を軽減できます」

 母たちの視線が変わる。

 家を支える。

 それは彼女たちの誇りだ。

「良妻賢母であるために、知識は必要です」

 誰も否定できない言葉。

 一人の侯爵夫人が口を開く。

「学問が過ぎれば、夫を立てなくなるのでは?」

「知識は刃ではありません」

 私は穏やかに答える。

「使い方次第です」

「……」

「理解しているからこそ、支えられる。理解していないから従うのではありません」

 その言葉に、数名が目を伏せた。

 彼女たちは分かっている。

 理解していないことの不安を。

 説明会は穏やかに終わった。

 完全な賛成ではない。

 だが露骨な反対もない。

 帰り際、ある伯爵夫人が小声で言った。

「うちの娘も、算術は苦手でして……」

「ご安心ください。基礎から始めます」

 私は微笑む。

 夜、父に報告する。

「反発は?」

「和らぎました」

「消えてはいないな」

「はい」

 消す必要はない。

 時間をかければよい。

 男子学院も同じだった。

 父は静かに言う。

「お前は危うい橋を渡っている」

「自覚しています」

「それでも渡るか」

「はい」

 私は迷わない。

「男子学院で基盤はできました。今なら揺らいでも崩れません」

「過信するな」

「承知しています」

 窓の外、夜の王都が広がる。

 男社会。

 男尊女卑。

 それが現実。

 だが今日、私は見た。

 母たちの中にある小さな期待。

 娘が、少しでも有利に。

 少しでも安全に。

 その感情は否定されない。

 私は机に向かい、修正案を書き加える。

 授業時間を控えめに。

 名称は柔らかく。

 内容は本質的に。

 目的は変えない。

 より多くの者に教育の機会を。

 今は令嬢の範囲で。

 段階を踏む。

 急がない。

 だが止まらない。

 反発は想定内。

 揺らぎも想定内。

 私は静かにペンを置く。

 女子学院の芽は、まだ小さい。

 だが確実に、土を割ろうとしている。
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