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20話 女子学院構想提示
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20話 女子学院構想提示
父の執務室の扉を叩くのは、いつも少しだけ緊張する。
けれど今日は、その緊張がいつもよりも静かだった。
焦りはない。
感情に任せる段階は過ぎた。
今は、提示の段階。
「入れ」
短い声。
私は中へ入り、向かいに座る。
男子学院の報告書が机に広がっている。入学者数、成績推移、仕官先評価、収支表。
基盤は整った。
「今日は何だ」
「次の提案です」
父の眉がわずかに上がる。
「まだ早いと言ったはずだが」
「存じています。ですから――表向きの案です」
私は書類を差し出す。
題はこう記した。
貴族令嬢教養課程設立案。
女子学院、とは書かない。
父は無言で目を通す。
「婚約市場における優位性の向上、か」
「はい」
私は頷く。
「家同士の契約において、令嬢が契約内容を理解できるか否かで評価は変わります。数字を扱える令嬢、法を理解する令嬢、外交史を知る令嬢。婚約先にとっても利益です」
父は紙から視線を上げる。
「本音は」
「底上げです」
「それを隠せるか」
「はい」
私は即答する。
「建前は、より良い縁談を結ぶための教養強化です。美しさと知性と教養を兼ね備えた令嬢。婚約先は、よりどりみどりですわ――と宣伝いたします」
父は口元を押さえた。
「ずいぶん露骨だな」
「分かりやすい方がよろしいでしょう」
理想を語れば潰される。
利益を語れば通る。
男子学院と同じ理屈だ。
「女に学問は不要だ、と言う者が出る」
「刺繍も舞踏も否定しません」
私は冷静に言う。
「従来の教育はそのまま維持します。その上に積みます」
「内容は」
「歴史、初等法学、算術、家計管理、領地運営の基礎。すべて『将来の良妻賢母』という名目で」
父は椅子に深くもたれた。
「男尊女卑の世界で、どこまで踏み込む」
「踏み込みません」
「何」
「正面からは」
私は微笑む。
「制度の内部で変えます」
男子学院が成立した理由は、合理性だった。
女子学院も同じ。
ただし理屈は変える。
家に利益がある。
婚約市場で優位。
令嬢が有能であることは、家の価値向上。
それだけで十分。
「名称は」
「貴族令嬢教養課程。男子学院の附属として開始します」
「独立ではないのか」
「今はまだ」
独立すれば標的になる。
附属なら実験扱いで済む。
父はしばらく黙った。
「保守派は動くぞ」
「承知しています」
「盾は必要か」
「はい」
私は父を見つめる。
「お父様の名がなければ、成立しません」
父は苦笑する。
「私はいつまで盾であらねばならぬのだ」
「私が盾になれるまで」
沈黙。
やがて父は小さく笑った。
「言うようになったな」
「教育の成果でしょうか」
「自画自賛か」
「事実です」
父は書類を机に置く。
「段階的に始める。初年度は定員を絞れ。講師は慎重に選べ」
「はい」
「政治色を出すな」
「出しません」
「王家には事前に説明しておく」
「ありがとうございます」
私は立ち上がる。
扉に向かいながら、ふと振り返る。
「お父様」
「何だ」
「もし、私が生まれていなければ」
「何だ急に」
「この制度は存在しませんでしたか」
父は少しだけ考え、答える。
「いずれ誰かがやったかもしれん」
「それは転生者でしょうか」
父は肩をすくめる。
「未来は分からん」
「そうですね」
私は頷く。
「分からないから、今やります」
廊下に出ると、胸の奥が静かに熱を帯びていた。
女子学院。
まだその名は掲げない。
だが今日、構想は動き出した。
目的は変わらない。
より多くの者に教育の機会を。
ただし今は、貴族令嬢の範囲で。
平民解放はまだ先。
彼女たちは日々の生活に追われている。
今は基盤づくり。
男子学院。
附属教養課程。
やがて独立。
未来はまだ定まらない。
だが選択は、今の私の手にある。
私は歩き出す。
静かに。
確実に。
女子学院は、まだ名もなき芽。
だが、必ず根を張る。
父の執務室の扉を叩くのは、いつも少しだけ緊張する。
けれど今日は、その緊張がいつもよりも静かだった。
焦りはない。
感情に任せる段階は過ぎた。
今は、提示の段階。
「入れ」
短い声。
私は中へ入り、向かいに座る。
男子学院の報告書が机に広がっている。入学者数、成績推移、仕官先評価、収支表。
基盤は整った。
「今日は何だ」
「次の提案です」
父の眉がわずかに上がる。
「まだ早いと言ったはずだが」
「存じています。ですから――表向きの案です」
私は書類を差し出す。
題はこう記した。
貴族令嬢教養課程設立案。
女子学院、とは書かない。
父は無言で目を通す。
「婚約市場における優位性の向上、か」
「はい」
私は頷く。
「家同士の契約において、令嬢が契約内容を理解できるか否かで評価は変わります。数字を扱える令嬢、法を理解する令嬢、外交史を知る令嬢。婚約先にとっても利益です」
父は紙から視線を上げる。
「本音は」
「底上げです」
「それを隠せるか」
「はい」
私は即答する。
「建前は、より良い縁談を結ぶための教養強化です。美しさと知性と教養を兼ね備えた令嬢。婚約先は、よりどりみどりですわ――と宣伝いたします」
父は口元を押さえた。
「ずいぶん露骨だな」
「分かりやすい方がよろしいでしょう」
理想を語れば潰される。
利益を語れば通る。
男子学院と同じ理屈だ。
「女に学問は不要だ、と言う者が出る」
「刺繍も舞踏も否定しません」
私は冷静に言う。
「従来の教育はそのまま維持します。その上に積みます」
「内容は」
「歴史、初等法学、算術、家計管理、領地運営の基礎。すべて『将来の良妻賢母』という名目で」
父は椅子に深くもたれた。
「男尊女卑の世界で、どこまで踏み込む」
「踏み込みません」
「何」
「正面からは」
私は微笑む。
「制度の内部で変えます」
男子学院が成立した理由は、合理性だった。
女子学院も同じ。
ただし理屈は変える。
家に利益がある。
婚約市場で優位。
令嬢が有能であることは、家の価値向上。
それだけで十分。
「名称は」
「貴族令嬢教養課程。男子学院の附属として開始します」
「独立ではないのか」
「今はまだ」
独立すれば標的になる。
附属なら実験扱いで済む。
父はしばらく黙った。
「保守派は動くぞ」
「承知しています」
「盾は必要か」
「はい」
私は父を見つめる。
「お父様の名がなければ、成立しません」
父は苦笑する。
「私はいつまで盾であらねばならぬのだ」
「私が盾になれるまで」
沈黙。
やがて父は小さく笑った。
「言うようになったな」
「教育の成果でしょうか」
「自画自賛か」
「事実です」
父は書類を机に置く。
「段階的に始める。初年度は定員を絞れ。講師は慎重に選べ」
「はい」
「政治色を出すな」
「出しません」
「王家には事前に説明しておく」
「ありがとうございます」
私は立ち上がる。
扉に向かいながら、ふと振り返る。
「お父様」
「何だ」
「もし、私が生まれていなければ」
「何だ急に」
「この制度は存在しませんでしたか」
父は少しだけ考え、答える。
「いずれ誰かがやったかもしれん」
「それは転生者でしょうか」
父は肩をすくめる。
「未来は分からん」
「そうですね」
私は頷く。
「分からないから、今やります」
廊下に出ると、胸の奥が静かに熱を帯びていた。
女子学院。
まだその名は掲げない。
だが今日、構想は動き出した。
目的は変わらない。
より多くの者に教育の機会を。
ただし今は、貴族令嬢の範囲で。
平民解放はまだ先。
彼女たちは日々の生活に追われている。
今は基盤づくり。
男子学院。
附属教養課程。
やがて独立。
未来はまだ定まらない。
だが選択は、今の私の手にある。
私は歩き出す。
静かに。
確実に。
女子学院は、まだ名もなき芽。
だが、必ず根を張る。
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