公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―

鷹 綾

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25話 共通講義案

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25話 共通講義案

 女子教養課程が開設されて三か月。

 令嬢たちの表情は、確実に変わっていた。

 最初は戸惑いが勝っていた算術も、今では「苦手」から「避けない」へと移っている。歴史の授業では、ただ聞くだけだった姿勢が、時折手を挙げる姿に変わった。

 小さな変化。

 だが確かな変化。

 そして私は、次の段階を考え始めていた。

 男子学院の講堂。

 私は空席の並ぶ椅子を眺めながら、静かに構想を練る。

 同じ内容の基礎法学を、男子と女子で別々に行っている。

 同じ教科書。

 同じ講師。

 同じ時間数。

 それは――非効率。

 私は執務室で父に提案書を差し出した。

「共通講義?」

「はい。一部科目のみです」

 父は目を細める。

「男女を同じ教室に入れるのか」

「基礎法学と初等経済のみ」

「理由は」

「効率化です」

 私は即答する。

「同じ授業をわざわざ別々に行うのは、講師資源の浪費です」

 建前は明確。

 感情ではなく合理。

「本音は」

 父の問いはいつも鋭い。

「競争心です」

 私は正直に答える。

「男子は負けられないと思うでしょう。女子は負けたくないと思うでしょう」

 父は口元を緩めた。

「火をつける気か」

「制御できる範囲で」

 競争は成長を促す。

 ただし暴走させない。

「反発はあるぞ」

「承知しています」

 男女共学は、この世界にはまだ存在しない。

 男社会。

 男尊女卑。

 男子が基準。

 女子は補助。

 それが常識。

「同席は討論形式ではなく、講義形式にします」

 私は続ける。

「席は左右で分けます。発言は順番制。規律を強めます」

 父はしばらく沈黙した。

「段階としては早くないか」

「今が最も安全です」

 私は言い切る。

「女子課程はまだ小規模。男子学院は安定。今なら失敗しても撤退可能です」

 撤退可能性。

 父が最も重視する要素。

「講師は誰を使う」

「法学講師と経済講師。中立的で、令嬢を軽視しない方々」

「公表の仕方は」

「効率化と費用削減」

 それ以外は語らない。

 数日後、講師陣との会議。

「共通講義ですか」

 法学講師が驚く。

「はい」

「男子の反発が出るやもしれません」

「それは想定内です」

 私は穏やかに言う。

「男子にとっても刺激になります」

 算術講師が笑う。

「負けるのが嫌いですからな」

「女子もです」

 準備は慎重に進められた。

 時間割の調整。

 席配置。

 監督役の配置。

 そして何より、規律。

 初日の朝。

 講堂に男子生徒が入る。

 ざわめき。

「本当に一緒なのか?」

「噂は本当だったのか」

 やがて女子が入る。

 静かな緊張。

 視線が交差する。

 敵意ではない。

 警戒。

 私は後方から見守る。

 講師が壇上に立つ。

「本日は共通講義とする。理由は効率化だ」

 淡々とした説明。

 感情は挟まない。

 講義が始まる。

 法の基礎概念。

 契約の成立条件。

 男子が挙手する。

 答える。

 続いて女子が挙手する。

 男子よりも明確な補足。

 ざわめきが走る。

 私は内心で微笑む。

 負けられない、という空気。

 それは確実に生まれた。

 だが表面は穏やか。

 規律は守られている。

 授業後、廊下で男子の声が聞こえる。

「思ったよりできるな」

「いや、あいつは特別だろう」

 女子側では。

「負けていませんわ」

「次は先に答えます」

 火は灯った。

 小さく。

 制御された炎。

 夕刻、父に報告する。

「どうだった」

「想定内の反応です」

「混乱は」

「ありません」

 父は静かに頷く。

「焦るな」

「焦りません」

 私は窓の外を見る。

 共通講義。

 まだ一部。

 だが確実に新しい光景。

 この世界に存在しなかった景色。

 未来はまだ分からない。

 だが今日、男女が同じ教室で同じ講義を受けた。

 それは小さな前例。

 やがて前例は常識になる。

 私は歩き出す。

 次の段階へ。

 静かに。

 確実に。
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