『泣きながら婚約破棄されたので了承しました ――なぜ婚約破棄した側の殿下が取り乱しているのですか? 捨てられたのは私では?――』

鷹 綾

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第16話 選ばれない覚悟

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第16話 選ばれない覚悟

 それから数日、王宮は表面上、穏やかだった。

 政務は滞りなく進み、
 聖女ミラは王太子の傍らで献身的に働き、
 周囲は「ようやく体制が落ち着いた」と評価する。

 ――少なくとも、外から見れば。

「……最近、殿下はどうなの?」

 王宮の一室。
 デネブは、古くからの知己である伯爵夫人と向かい合っていた。

「どう、と申されましても……
 聖女様に任せきり、ですわね」

 夫人は、慎重に言葉を選ぶ。

「ご自分で決める場面でも、
 『ミラはどう思う?』と仰るとか」

 デネブは、静かに紅茶を置いた。

「……そう」

 驚きはなかった。

(やはり、変わっていない)

 いや、正確には――
 変わらなかったのではなく、
 変わることを選ばなかったのだ。

「殿下は、お優しい方ですもの」

 伯爵夫人は、少し困ったように笑う。

「でも……優しさと、責任は……」

 言葉を濁した夫人に、デネブは小さく頷いた。

「ええ。違いますわ」

 その夜。
 デネブは、ひとりで過去を振り返っていた。

 泣きながら告げられた婚約破棄。
 「本当は、したくなかった」という言葉。
 縋るような視線。

(あの時……)

 もし、彼が。

 たとえ小さくても、
 たとえ不格好でも。

 「それでも、私は君を選ぶ」と言えていたなら。

 ――結果は、違っていたかもしれない。

 だが。

(言わなかった)

 それが、すべてだった。

 一方、王宮では。

「……殿下、こちらの決裁ですが」

 ミラが書類を差し出す。

「うん……ミラがそう言うなら……」

 アークトゥルスは、迷いなく署名した。

 その横顔を見つめながら、
 ミラの胸に、かすかな不安がよぎる。

(……本当に、これでいいの?)

 だが、その不安は、すぐに押し込められる。

(殿下が苦しまないためには、必要なこと)

 彼女は、そう信じるしかなかった。

 数日後。
 デネブのもとに、正式な通達が届く。

 ――王太子の婚約は、聖女ミラと進める方向で確定。

 それは、
 「復縁の可能性が完全に消えた」ことを意味していた。

 デネブは、文書を静かに畳む。

「……これで、終わりですわね」

 胸の奥に、わずかな痛みはある。
 だが、後悔はなかった。

 彼女は、立ち上がる。

「選ばれなかったのではありません」

 誰に聞かせるでもなく、呟く。

「私は――
 “選ばれない覚悟”を、
 最初から持っていなかった方を、
 選ばなかっただけ」

 その言葉は、
 自分自身への、最終確認だった。

 こうして、
 デネブは完全に前を向く。

 一方で、王太子と聖女は、
 互いに寄り添いながら――
 少しずつ、同じ場所に留まり続けていることに、
 まだ気づいていなかった。

 静かな分岐点は、
 確かに、越えられていた。
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