『泣きながら婚約破棄されたので了承しました ――なぜ婚約破棄した側の殿下が取り乱しているのですか? 捨てられたのは私では?――』

鷹 綾

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第25話 戻らない言葉

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第25話 戻らない言葉

 式典の翌日、王宮には一通の書簡が届いていた。

 差出人は――デネブ・シグナス。

 内容は簡潔だった。
 侯爵家として、今後の王政改革案に関する意見書を提出する、という公的なもの。
 私的な言葉は、一切ない。

 アークトゥルスは、その文を読み終え、静かに紙を置いた。

(……そうだよな)

 胸に、わずかな痛みが走る。
 だが、それは後悔ではない。

(もう、“私的な言葉”を交わす立場じゃない)

 それを、ようやく自然に受け止められるようになっていた。

「……殿下」

 ミラが、控えめに声をかける。

「その書簡……
 シグナス侯爵家からですね」

「うん」

 彼は、隠さずに答えた。

「……読む?」

 差し出そうとする手が、途中で止まる。

「いや……いい」

 小さく首を振る。

「内容は、分かってる」

 ミラは、その様子を見て、何も言わなかった。
 代わりに、少しだけ距離を保ったまま、立つ。

 それが、今の二人の形だった。

 一方、侯爵家では。

 デネブが、執事と向かい合っていた。

「……殿下から、返事は?」

「まだでございます」

「そう」

 それだけで、十分だった。

(来なくていい)

 そう思っている自分に、
 もう迷いはない。

 午後。
 王宮の廊下で、偶然にも三人は鉢合わせる。

 逃げ場はない。
 だが、動揺もない。

「……デネブ」

 アークトゥルスが、先に口を開いた。

「昨日は……」

 言いかけて、止まる。

 何を言うつもりだったのか、
 自分でも分からなかった。

「……何でしょう」

 デネブは、穏やかに促す。

 責めるでもなく、
 期待するでもなく。

 アークトゥルスは、深く息を吸った。

「……ありがとう」

 それは、謝罪でも、復縁の言葉でもない。

「……君が、戻らなかったおかげで……
 僕は……
 自分で立たなきゃいけないって、
 ようやく分かった」

 ミラは、息を呑む。

 デネブは、少しだけ目を細めた。

「……それは、良かったですわ」

 静かな声。

「殿下が、殿下であられるなら」

 それ以上、言葉は続かない。

 沈黙が、三人の間に落ちる。

 だが、それは気まずさではなかった。

 必要な言葉は、
 すでに交わされていた。

「……では」

 デネブが、一礼する。

「お仕事中でしょう。
 失礼いたします」

 踵を返し、歩き出す背中。

 呼び止める理由は、もうない。

 ミラは、その姿を見送りながら、
 胸の奥で、ひとつの確信を得ていた。

(……この方は、戻らない)

 そして、それは――
 敗北ではない。

 選択だ。

 アークトゥルスは、しばらくその場に立ち尽くし、
 やがて、小さく呟いた。

「……戻らない言葉も、
 必要だったんだな……」

 ミラは、そっと頷いた。

「はい」

 優しく、しかしはっきりと。

「戻らないからこそ、
 前に進める言葉もあります」

 三人は、それぞれの方向へ歩き出す。

 同じ場所には戻らない。
 同じ未来も選ばない。

 だが――
 それぞれが、自分の足で立つための言葉を、
 確かに手に入れていた。

 物語は、
 「よりを戻さない」ことで完成に近づいていく。

 その静かな強さが、
 この国と、三人の未来を、
 確かに変え始めていた。
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