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第1話 “九番”と呼ばれた少女
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第1話 “九番”と呼ばれた少女
ノインには、名前がなかった。
正確に言えば、生まれたときには確かに名を与えられていたはずだが、孤児院で暮らすうちに、それを呼ぶ者はいなくなった。
「九番、掃除は終わったの?」 「九番、食堂の水汲みがまだでしょう」 「九番、そこ、邪魔」
いつからか、ノインは“九番”と呼ばれるようになった。
九人目に引き取られ、九人目に余り、九人目に価値がない――そんな意味を、誰も説明はしなかったけれど、子どもながらに理解してしまう程度には、扱いは分かりやすかった。
他の子どもたちが菓子をもらう日も、ノインは厨房の隅で皿を洗っていた。
冬に新しい外套が配られる日も、ノインの分は「サイズがない」と言われた。
泣けば叱られ、黙れば便利に使われる。
(わたしは……ここにいても、いなくても同じ)
そう思うようになったのは、いつからだっただろう。
そんなノインに転機が訪れたのは、十二歳の冬だった。
孤児院に、貴族の馬車が止まったのだ。
黒塗りの車体に、金の装飾。院長が慌てて外へ飛び出していく姿を、ノインは遠くから見ていた。
「伯爵様からの正式なご依頼です」
院長の声は、浮き足立っていた。
エドラー伯爵家――その名を聞いた瞬間、周囲の子どもたちがざわめく。
「貴族のお屋敷?」 「養子ってこと?」 「いいなぁ……」
期待と羨望が渦巻く中で、院長の視線が、なぜかノインへ向いた。
「九番。あなたです」
その言葉に、ノインは一瞬、意味が分からなかった。
「……わたし、ですか?」
「ええ。伯爵家で、引き取ってくださるそうよ」
周囲の視線が一斉に集まる。
驚き、疑い、そしてすぐに浮かぶ――嘲り。
「なんで九番?」 「どうせ、使用人でしょ」 「貴族が拾うような子じゃないのに」
その通りだと、ノイン自身も思った。
何の才能もなく、血筋も分からず、価値などない。
それでも、馬車に乗せられ、屋敷へ連れて行かれた。
エドラー伯爵家は、想像通りの豪奢な邸宅だった。
磨き上げられた床、白い壁、静かに行き交う使用人たち。
だが、ノインを迎えた伯爵夫人の視線は、氷のように冷たかった。
「……これが?」
まるで、汚れた荷物でも見るような目。
「はい。孤児院から引き取った娘です」
「まあ……」
伯爵夫人は、隣に立つ金髪の少女へと視線を移した。
エミリア。伯爵家の“本当の娘”。
淡い色のドレスに包まれ、愛らしい微笑みを浮かべる少女は、ノインとは正反対の存在だった。
「お母様、この子……」
エミリアは、少し困ったように微笑んだ。
「仕方ないわ。必要なのだもの」
その一言で、ノインの居場所は決まった。
屋敷での生活は、孤児院と何も変わらなかった。
いや、むしろ分かりやすくなっただけだ。
ノインは“娘”ではなく、“代用品”。
笑ってはいけない。
期待してはいけない。
自分の幸せなど、考えてはいけない。
そして数年後――。
「お前は、化け物公爵の婚約者になるのだ」
伯爵のその言葉を、ノインは、ただ静かに受け入れた。
(……やっぱり、わたしには、それくらいが相応しい)
そう思い込むしかなかった。
このときは、まだ知らなかったのだ。
その“化け物公爵”こそが、
ノインの人生を、初めて肯定してくれる存在になることを。
ノインには、名前がなかった。
正確に言えば、生まれたときには確かに名を与えられていたはずだが、孤児院で暮らすうちに、それを呼ぶ者はいなくなった。
「九番、掃除は終わったの?」 「九番、食堂の水汲みがまだでしょう」 「九番、そこ、邪魔」
いつからか、ノインは“九番”と呼ばれるようになった。
九人目に引き取られ、九人目に余り、九人目に価値がない――そんな意味を、誰も説明はしなかったけれど、子どもながらに理解してしまう程度には、扱いは分かりやすかった。
他の子どもたちが菓子をもらう日も、ノインは厨房の隅で皿を洗っていた。
冬に新しい外套が配られる日も、ノインの分は「サイズがない」と言われた。
泣けば叱られ、黙れば便利に使われる。
(わたしは……ここにいても、いなくても同じ)
そう思うようになったのは、いつからだっただろう。
そんなノインに転機が訪れたのは、十二歳の冬だった。
孤児院に、貴族の馬車が止まったのだ。
黒塗りの車体に、金の装飾。院長が慌てて外へ飛び出していく姿を、ノインは遠くから見ていた。
「伯爵様からの正式なご依頼です」
院長の声は、浮き足立っていた。
エドラー伯爵家――その名を聞いた瞬間、周囲の子どもたちがざわめく。
「貴族のお屋敷?」 「養子ってこと?」 「いいなぁ……」
期待と羨望が渦巻く中で、院長の視線が、なぜかノインへ向いた。
「九番。あなたです」
その言葉に、ノインは一瞬、意味が分からなかった。
「……わたし、ですか?」
「ええ。伯爵家で、引き取ってくださるそうよ」
周囲の視線が一斉に集まる。
驚き、疑い、そしてすぐに浮かぶ――嘲り。
「なんで九番?」 「どうせ、使用人でしょ」 「貴族が拾うような子じゃないのに」
その通りだと、ノイン自身も思った。
何の才能もなく、血筋も分からず、価値などない。
それでも、馬車に乗せられ、屋敷へ連れて行かれた。
エドラー伯爵家は、想像通りの豪奢な邸宅だった。
磨き上げられた床、白い壁、静かに行き交う使用人たち。
だが、ノインを迎えた伯爵夫人の視線は、氷のように冷たかった。
「……これが?」
まるで、汚れた荷物でも見るような目。
「はい。孤児院から引き取った娘です」
「まあ……」
伯爵夫人は、隣に立つ金髪の少女へと視線を移した。
エミリア。伯爵家の“本当の娘”。
淡い色のドレスに包まれ、愛らしい微笑みを浮かべる少女は、ノインとは正反対の存在だった。
「お母様、この子……」
エミリアは、少し困ったように微笑んだ。
「仕方ないわ。必要なのだもの」
その一言で、ノインの居場所は決まった。
屋敷での生活は、孤児院と何も変わらなかった。
いや、むしろ分かりやすくなっただけだ。
ノインは“娘”ではなく、“代用品”。
笑ってはいけない。
期待してはいけない。
自分の幸せなど、考えてはいけない。
そして数年後――。
「お前は、化け物公爵の婚約者になるのだ」
伯爵のその言葉を、ノインは、ただ静かに受け入れた。
(……やっぱり、わたしには、それくらいが相応しい)
そう思い込むしかなかった。
このときは、まだ知らなかったのだ。
その“化け物公爵”こそが、
ノインの人生を、初めて肯定してくれる存在になることを。
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