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第24話 最後の鎖がほどける音
しおりを挟むその夜、ノインは不思議な夢を見ていた。
暗くもなく、明るくもない――
境界のような場所。
白い床の中央に、ひとつだけ“鎖”が横たわっている。 これまで見てきたものより、ずっと細く、儚い。
《……まだ、残っている》
聞き覚えのある声。 振り返ると、あの少年――かつて“核”の奥にいた彼が、穏やかな表情で立っていた。
「もう、ほとんどほどけています」 《うん。だけどね……》
少年は、鎖を指さす。
《これは“恐れ”じゃない》 《拒絶でも、孤独でもない》
「……では、何ですか?」
少年は、少しだけ困ったように笑った。
《“幸せになっていいのか”っていう、疑問だよ》
その言葉に、ノインの胸が、きゅっと締まった。
(それは……)
フェルディナンドだけのものではない。 自分自身も、ずっと抱えてきた感情だった。
《不幸だった時間が長いとね》 《幸せが来たとき、信じきれなくなる》
少年は、そっと鎖に触れる。
《でも、これは――》 《ひとりじゃ、ほどけない》
* * *
――ノイン。
どこかで、名前を呼ばれた気がした。
はっと目を覚ますと、夜明け前の薄明かり。 そして、すぐ隣には――フェルディナンドがいた。
「……起こしてしまったか」 「いいえ……」
ノインは、彼の顔を見つめる。 いつもより、少しだけ不安げな表情。
「……夢を見た」 「私も、です」
言葉が、自然につながった。
「フェルディナンド様」 「……何だ」
ノインは、深く息を吸う。
「私……幸せでいることが、怖いです」 「……」
「失うかもしれないって、思ってしまう。
また、取り上げられるんじゃないかって」
沈黙。 だが、フェルディナンドは、目を逸らさなかった。
「……我も、同じだ」
彼は、静かに告げる。
「幸せは、いつも条件付きだった。
役に立てば、価値がある。
公爵でいられれば、存在を許される」
彼の手が、わずかに震える。
「だから……今のこの時間が、
壊れやすいものに見える」
ノインは、そっと彼の手を包んだ。
「……壊れても、いいんです」 「……何?」
「壊れたら、また……選び直せばいい」
彼女は、はっきりと言った。
「失っても、
“幸せだった事実”は、消えません」
フェルディナンドの瞳が、大きく揺れる。
「……それでも、いいと?」 「はい」
ノインは、微笑んだ。
「だって……今、確かに幸せです」
その瞬間。
胸の奥で、確かな音がした。
――パキン。
細い鎖が、完全に砕け散る音。
フェルディナンドは、息を呑み、胸を押さえた。
「……今……」
角の根元に残っていた、最後の“重さ”。 それが、嘘のように消えている。
「……消えた」 「はい」
ノインは、はっきりと頷いた。
「もう……大丈夫です」
フェルディナンドは、ゆっくりとノインを抱き寄せる。 強くもなく、弱くもない――確かな抱擁。
「……我は、幸せになっていい」 「はい」
「お前と、一緒に」 「……はい」
夜明けの光が、静かに差し込む。
呪いは、完全に解けた。
それは、奇跡の爆発でも、劇的な光でもない。 ただ――受け入れた、という事実。
「……おはよう、ノイン」 「おはようございます、フェルディナンド」
新しい一日の始まり。
もう、鎖はない。 縛るものも、証明も、条件も。
残ったのはただ――
選び続ける、という約束だけだった。
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