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第2話: 突然の宣告と崩れ落ちる世界
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第2話: 突然の宣告と崩れ落ちる世界
王宮の大ホールは、豪華なシャンデリアの光が無数の宝石のようにきらめき、貴族たちの笑い声と楽団の優雅な旋律が響き合っていた。ルークス殿下の誕生日パーティーは、まさに王国一の華やかな宴。中央の玉座に座る殿下の金色の髪が、燭台の炎に照らされて輝いている。私はその隣に立ち、胸に誇らしさと幸せをいっぱいに抱いていた。
「皆さん、静粛に!」
側近の声がホールに響き、ざわめきが一瞬で収まる。ルークス殿下がゆっくりと立ち上がった。黒い正装に身を包んだ姿は、いつものように凛々しく、完璧だった。私は微笑みながら、殿下の横顔を見つめる。きっと、婚約の正式発表か、あるいは私たち二人の未来についての嬉しいお言葉があるのだろうと思った。
殿下はマイクのような魔法の拡声器を手に取り、穏やかだが力強い声で語り始めた。
「本日は私の誕生日を祝うために、多くの皆様にお集まりいただき、心より感謝申し上げます。そして、今日は大切な発表がございます」
会場が息を呑む。私は自然と背筋を伸ばし、胸に手を当てる。隣にいるアルトゥーラという少女――平民出身の聖女と呼ばれている金髪の娘――が、少しだけ私の方を見て微笑んだ。その笑顔に、なぜか背筋がぞくりとした。
「私は、長年約束されていたエルカミーノ・ド・エルカミーノとの婚約を、ここに正式に破棄いたします」
――え?
一瞬、時間が止まったような気がした。耳がキーンと鳴り、周囲の音が遠のく。私の名前が、殿下の口から出た。婚約破棄。どうして? 冗談? 夢? 私はただ、呆然と殿下を見つめることしかできなかった。
会場がざわつき始める。貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。驚き、好奇心、同情、そして――嘲笑。すべてが混じり合った視線。私は唇を震わせ、何か言おうとしたが、声が出ない。
ルークス殿下は、冷ややかな目で私を見下ろし、続けた。
「エルカミーノは確かに完璧な令嬢です。礼儀作法も、学問も、容姿も申し分ありません。しかし、私の心を動かすものは、そこにはありませんでした。私は真の運命の相手に出会いました。それが――」
殿下は優しく手を差し伸べ、アルトゥーラを引き寄せる。彼女は恥ずかしそうに頰を染めながら、殿下の腕に寄り添う。
「――聖女アルトゥーラです。彼女は神より賜った『癒しの力』を持ち、王国を救う光そのものです。私は彼女こそが、私の傍にいるべき存在だと確信しました。エルカミーノ、君には申し訳ないが、これが私の決断だ」
拍手が沸き起こる。貴族たちが、口々に「素晴らしい決断です」「聖女様こそ王太子妃にふさわしい」と称賛の声を上げる。私はただ、立ち尽くすしかなかった。胸が張り裂けそうに痛い。息ができない。視界が涙で滲む。
アルトゥーラが、私の方を見て、小さく口元を吊り上げた。それは、勝ち誇ったような――嘲るような笑みだった。
「エルカミーノ様、どうかお許しくださいませ。私、殿下を愛してしまったのです。癒しの力を持つ私が、王国をお守りいたしますわ」
その声は甘く、しかしどこか刺のある響きだった。会場は完全に二人の味方になっていた。私は公爵家の長女。完璧な令嬢。なのに、今ここで、衆人環視の中で、捨てられた。
足が震える。膝が崩れそうになる。侍女のマリアが慌てて駆け寄り、私の腕を支えてくれた。
「エルカミーノ様……!」
マリアの声が、遠くに聞こえる。私は何も言えず、ただ俯いたまま、ホールを出された。背中に浴びせられる視線と、囁き声が、針のように刺さる。
「結局、婚約破棄されたのね……」「聖女様の力が本物なら、仕方ないわ」「エルカミーノ様、可哀想だけど……少し傲慢だったのかしら?」
馬車に乗り込んでも、涙が止まらなかった。窓の外の夜の王都が、ぼやけて見える。殿下の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「完璧だが、心を動かさない」「申し訳ないが」「運命の相手」
私は完璧だった。それなのに。努力した。それなのに。どうして?
家に着くと、父上と母上が玄関で待っていた。父上の顔は怒りに青ざめ、母上は涙を浮かべている。
「エルカミーノ、これは一体どういうことだ! 公爵家の恥だぞ!」
父上の怒鳴り声が響く。私はただ、うつむくだけだった。母上が抱きしめてくれるが、その腕の中で、私は初めて声を上げて泣いた。
部屋に戻り、ドレスを脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込む。枕を握りしめ、嗚咽を漏らす。もう何もかもが嫌になった。生きている意味すら、わからなくなりそうだった。
どれだけ泣いただろう。疲れ果てて、意識が薄れていく。その時――
突然、頭の中に、別の記憶が流れ込んできた。
――高速道路を走る車。信号待ちの横断歩道。急に飛び出してきたトラック。激しい衝撃。そして、暗闇。
私は、現代日本で暮らす普通のOLだった。名前は……思い出せないけど、毎日会社と家の往復。残業続きで、恋人もおらず、コスメやカフェ巡りが唯一の楽しみだった。ある日、交通事故で死に――この世界に転生した。
記憶が、洪水のように蘇る。シャンプーの成分、スキンケアの知識、カフェの経営ノウハウ、ビジネスアイデア、心理学……すべてが、私の中にあった。
私はゆっくりと体を起こした。涙で腫れた目で、鏡を見る。そこに映るのは、婚約を破棄された可哀想な令嬢じゃない。これからは違う。
「……ふざけないで」
小さな、しかし確かな声が漏れた。
「完璧すぎて心を動かさない? 運命の相手? 癒しの力? 笑わせないで」
私は拳を握りしめた。前世の知識が、私の背中を押す。この世界の常識なんて、ぶち壊してやる。ルークス殿下も、アルトゥーラも――そして、この腐った貴族社会も。
「私は、私の人生を生きる。もう誰かのために、完璧な令嬢なんてやらない」
窓の外に広がる星空を見上げ、私は静かに誓った。
明日から、本当の戦いが始まる。
王宮の大ホールは、豪華なシャンデリアの光が無数の宝石のようにきらめき、貴族たちの笑い声と楽団の優雅な旋律が響き合っていた。ルークス殿下の誕生日パーティーは、まさに王国一の華やかな宴。中央の玉座に座る殿下の金色の髪が、燭台の炎に照らされて輝いている。私はその隣に立ち、胸に誇らしさと幸せをいっぱいに抱いていた。
「皆さん、静粛に!」
側近の声がホールに響き、ざわめきが一瞬で収まる。ルークス殿下がゆっくりと立ち上がった。黒い正装に身を包んだ姿は、いつものように凛々しく、完璧だった。私は微笑みながら、殿下の横顔を見つめる。きっと、婚約の正式発表か、あるいは私たち二人の未来についての嬉しいお言葉があるのだろうと思った。
殿下はマイクのような魔法の拡声器を手に取り、穏やかだが力強い声で語り始めた。
「本日は私の誕生日を祝うために、多くの皆様にお集まりいただき、心より感謝申し上げます。そして、今日は大切な発表がございます」
会場が息を呑む。私は自然と背筋を伸ばし、胸に手を当てる。隣にいるアルトゥーラという少女――平民出身の聖女と呼ばれている金髪の娘――が、少しだけ私の方を見て微笑んだ。その笑顔に、なぜか背筋がぞくりとした。
「私は、長年約束されていたエルカミーノ・ド・エルカミーノとの婚約を、ここに正式に破棄いたします」
――え?
一瞬、時間が止まったような気がした。耳がキーンと鳴り、周囲の音が遠のく。私の名前が、殿下の口から出た。婚約破棄。どうして? 冗談? 夢? 私はただ、呆然と殿下を見つめることしかできなかった。
会場がざわつき始める。貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。驚き、好奇心、同情、そして――嘲笑。すべてが混じり合った視線。私は唇を震わせ、何か言おうとしたが、声が出ない。
ルークス殿下は、冷ややかな目で私を見下ろし、続けた。
「エルカミーノは確かに完璧な令嬢です。礼儀作法も、学問も、容姿も申し分ありません。しかし、私の心を動かすものは、そこにはありませんでした。私は真の運命の相手に出会いました。それが――」
殿下は優しく手を差し伸べ、アルトゥーラを引き寄せる。彼女は恥ずかしそうに頰を染めながら、殿下の腕に寄り添う。
「――聖女アルトゥーラです。彼女は神より賜った『癒しの力』を持ち、王国を救う光そのものです。私は彼女こそが、私の傍にいるべき存在だと確信しました。エルカミーノ、君には申し訳ないが、これが私の決断だ」
拍手が沸き起こる。貴族たちが、口々に「素晴らしい決断です」「聖女様こそ王太子妃にふさわしい」と称賛の声を上げる。私はただ、立ち尽くすしかなかった。胸が張り裂けそうに痛い。息ができない。視界が涙で滲む。
アルトゥーラが、私の方を見て、小さく口元を吊り上げた。それは、勝ち誇ったような――嘲るような笑みだった。
「エルカミーノ様、どうかお許しくださいませ。私、殿下を愛してしまったのです。癒しの力を持つ私が、王国をお守りいたしますわ」
その声は甘く、しかしどこか刺のある響きだった。会場は完全に二人の味方になっていた。私は公爵家の長女。完璧な令嬢。なのに、今ここで、衆人環視の中で、捨てられた。
足が震える。膝が崩れそうになる。侍女のマリアが慌てて駆け寄り、私の腕を支えてくれた。
「エルカミーノ様……!」
マリアの声が、遠くに聞こえる。私は何も言えず、ただ俯いたまま、ホールを出された。背中に浴びせられる視線と、囁き声が、針のように刺さる。
「結局、婚約破棄されたのね……」「聖女様の力が本物なら、仕方ないわ」「エルカミーノ様、可哀想だけど……少し傲慢だったのかしら?」
馬車に乗り込んでも、涙が止まらなかった。窓の外の夜の王都が、ぼやけて見える。殿下の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「完璧だが、心を動かさない」「申し訳ないが」「運命の相手」
私は完璧だった。それなのに。努力した。それなのに。どうして?
家に着くと、父上と母上が玄関で待っていた。父上の顔は怒りに青ざめ、母上は涙を浮かべている。
「エルカミーノ、これは一体どういうことだ! 公爵家の恥だぞ!」
父上の怒鳴り声が響く。私はただ、うつむくだけだった。母上が抱きしめてくれるが、その腕の中で、私は初めて声を上げて泣いた。
部屋に戻り、ドレスを脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込む。枕を握りしめ、嗚咽を漏らす。もう何もかもが嫌になった。生きている意味すら、わからなくなりそうだった。
どれだけ泣いただろう。疲れ果てて、意識が薄れていく。その時――
突然、頭の中に、別の記憶が流れ込んできた。
――高速道路を走る車。信号待ちの横断歩道。急に飛び出してきたトラック。激しい衝撃。そして、暗闇。
私は、現代日本で暮らす普通のOLだった。名前は……思い出せないけど、毎日会社と家の往復。残業続きで、恋人もおらず、コスメやカフェ巡りが唯一の楽しみだった。ある日、交通事故で死に――この世界に転生した。
記憶が、洪水のように蘇る。シャンプーの成分、スキンケアの知識、カフェの経営ノウハウ、ビジネスアイデア、心理学……すべてが、私の中にあった。
私はゆっくりと体を起こした。涙で腫れた目で、鏡を見る。そこに映るのは、婚約を破棄された可哀想な令嬢じゃない。これからは違う。
「……ふざけないで」
小さな、しかし確かな声が漏れた。
「完璧すぎて心を動かさない? 運命の相手? 癒しの力? 笑わせないで」
私は拳を握りしめた。前世の知識が、私の背中を押す。この世界の常識なんて、ぶち壊してやる。ルークス殿下も、アルトゥーラも――そして、この腐った貴族社会も。
「私は、私の人生を生きる。もう誰かのために、完璧な令嬢なんてやらない」
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