婚約破棄された令嬢の華麗なる逆転劇 ~王太子の後悔と私の新しい恋~」

鷹 綾

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第5話: 敵の甘い時間と忍び寄る影

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第5話: 敵の甘い時間と忍び寄る影

王宮の東棟、私室のバルコニーでルークスは優雅に紅茶を味わっていた。夕陽が王都を茜色に染め、遠くに広がる街並みが美しく輝いている。隣にはアルトゥーラが寄り添い、金色の髪を風になびかせながら微笑んでいる。

「殿下、今日もお疲れ様でございます。少しお肩をお揉みいたしましょうか?」

アルトゥーラの声は甘く、癒しの力を込めた手がルークスの肩にそっと触れる。温かな光が淡く広がり、ルークスは心地よく目を細めた。

「ありがとう、アルトゥーラ。君の力は本当に素晴らしい。疲れが一瞬で消えるよ」

ルークスは彼女の手を取り、優しくキスを落とす。アルトゥーラは頰を染め、恥ずかしそうに俯いたが、その瞳の奥には満足げな光が宿っていた。

誕生日パーティーから数日。王宮内ではすでに、二人が正式な婚約者として認められつつあった。貴族たちは表向きは祝福し、裏では「聖女の力が本物なら仕方ない」と納得している様子だった。ルークスの決断は、王国にとっての“幸運”だと囁かれている。

「エルカミーノのこと……少し、後ろめたい気持ちはありますか?」

アルトゥーラが小首を傾げて尋ねる。ルークスは一瞬紅茶のカップを見つめ、すぐに笑みを浮かべた。

「後ろめたい? いや、そんなことはない。あの娘は確かに完璧だったが……私には物足りなかったんだ。君のように、心を揺さぶるものがなかった。政治的な婚約でしかなかったよ」

本心だった。エルカミーノは幼い頃から決まっていた相手。美しく、賢く、礼儀正しく、何一つ欠点がない。それゆえに、刺激がなかった。アルトゥーラは違う。平民出身でありながら神の力を宿し、純粋で、謙虚で、そして――自分を崇めてくれる。

「殿下……私、幸せです。こんな私を選んでくださって」

アルトゥーラはルークスの胸に顔を埋め、甘えるように体を預ける。ルークスは彼女を抱きしめ、満足げに呟いた。

「君こそが、私の運命だ。これから王国を一緒に守ろう。君の癒しの力は、多くの人を救うだろう」

二人はそのままバルコニーで夕陽を眺め、甘い時間を過ごした。使用人たちも遠くから微笑ましく見守っている。誰もが、新しい王太子妃はアルトゥーラだと信じて疑わなかった。

――その頃、王宮の別の部屋では。

側近の一人が、ルークスの執務室で書類を整理していた。机の上に置かれた新聞の見出しが目に留まる。

『王太子殿下、新たな婚約者・聖女アルトゥーラ様とご懇ろに』

側近は小さくため息をついた。エルカミーノ公爵家の反応はまだ静かだが、いつ爆発するかわからない。公爵は王宮に顔を出さなくなったという噂だ。

「殿下も、もう少し慎重に……」

独り言を呟きながら、側近は別の書類に目を移す。そこには、アルトゥーラの出自調査の報告書があった。平民出身、神殿で育てられた、癒しの力は本物――とあるが、一部に不明な点が記されている。

「まあ、今は問題ないだろう」

側近は書類を閉じ、机にしまった。ルークスが幸せなら、それでいい。

――夜、アルトゥーラの私室。

アルトゥーラは鏡の前で髪を梳きながら、一人微笑んでいた。侍女たちはすでに下がり、部屋には彼女だけ。

「ふふ……完璧な令嬢さん、泣いてるかしら?」

鏡に映る自分は、美しく、無垢そうに見える。でも、瞳の奥には冷たい光が宿っている。

エルカミーノの顔を思い出す。あの宴で、呆然と立ち尽くしていた姿。皆の視線を浴びて、震えていた姿。あれは、最高だった。

「あなたは完璧すぎて、つまらなかったんですってね。殿下に言われて、可哀想に」

アルトゥーラはくすくすと笑い、鏡に向かって舌を出す。

「でも、もう関係ないわ。私は勝った。これから王妃になるのよ」

彼女は立ち上がり、窓辺へ。夜の王都を見下ろし、満足げに息を吐く。

「癒しの力……まあ、少しだけ本物だけど」

小さな呟き。誰も聞いていない部屋で、彼女は自分の手を見つめる。淡い光が一瞬だけ灯り、すぐに消えた。

「これで十分。誰も疑わないわ」

アルトゥーラはベッドに横になり、幸せそうに目を閉じた。夢の中でも、ルークスと玉座に並んで座っている自分が見えるだろう。

――一方、エルカミーノ公爵家の屋敷。

私は自室で、最後の準備をしていた。小さなトランクに、試作したコスメの瓶を丁寧に詰め込む。宝石を売ったお金はすでに手元にあり、明後日には店の契約をする予定だ。

マリアが心配そうに部屋を覗き込む。

「エルカミーノ様、本当に……お一人で?」

「ええ、マリア。心配しないで。私は大丈夫」

私は微笑んだ。本当は少し怖い。でも、もう戻れない。

ルークスとアルトゥーラの噂は、屋敷にも入ってきている。二人が幸せそうに過ごしているという話。胸がちくりと痛むが、もう怒りはない。ただ、虚しさだけ。

「あの人たちは、あの人たちで幸せなんだろうね」

私は呟いた。復讐なんて、考えていない。ただ、自分が幸せになるだけ。

トランクを閉じ、窓の外を見る。夜空に星が瞬いている。

「明日、市場にもう一度行って、ハーブを仕入れてくる。それから……」

計画が頭の中で整理されていく。新しい人生が、すぐそこにある。

ルークスとアルトゥーラが甘い時間を過ごしている頃、私は静かに、しかし確実に動き始めていた。

彼らはまだ知らない。私が、ただの“婚約破棄された令嬢”で終わらないことを。

小さな炎が、私の胸で燃え始めていた。消えない、強い炎。

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