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第6話: 決意の朝と新しい一歩
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第6話: 決意の朝と新しい一歩
朝の光がカーテンを透かして部屋に差し込み、私の瞼を優しく叩いた。目を開けると、いつもの豪華な天蓋付きベッドではなく、見慣れた公爵家の自室の天井が広がっている。でも、今日の私はもう昨日までと同じではない。
ベッドから起き上がり、鏡台の前に座る。腫れた目は少し引いているが、まだ赤みが残っている。それでも、瞳の奥に小さな炎が灯っているのがわかる。前世の記憶が完全に定着し、私の中に新しい力が芽生えていた。
「今日、出るわ」
独り言が自然と口をついて出た。屋敷を出て、自分の力で生きる――その決意は、昨夜のうちに完全に固まっていた。
まずは準備。シンプルな旅装用のドレスに着替え、髪は簡単に結い上げる。完璧な令嬢の装いではなく、街で目立たないように。宝石箱から、売却用のアクセサリーを選び出す。母上のサファイアのネックレス、ルークス殿下からもらった指輪――指輪を見る手が一瞬止まった。
あの指輪は、殿下が15歳の誕生日にくれたもの。「エルカミーノ、君とずっと一緒にいたい」と言いながら、はめてくれた。あの時の殿下の笑顔は、本物だったはずなのに。
胸が痛む。でも、私はすぐに箱に戻した。売る。過去は手放す。もう、誰かの婚約者じゃない。
トランクを開け、試作したコスメの瓶を丁寧に包んで入れる。リップクリーム、ローズウォーター、石鹸の試作品。まだ数えるほどしかないけど、これが私の武器になる。
机の上に、手紙を置く。父上と母上へ。
『お父様、お母様
突然のことで申し訳ございません。私は自分の道を歩むことにしました。王太子殿下との婚約破棄は、私にとって大きな衝撃でしたが、同時に新しい人生を始めるきっかけでもあります。
これ以上、公爵家にご迷惑をおかけしたくありません。どうかご心配なく。私は元気にやっています。
いつか、胸を張って戻れる日が来たら、その時はまたお会いしましょう。
エルカミーノ』
短い文面だけど、これで十分。説明すればするほど、引き止められるだけだ。
マリアを呼ぶ。彼女はすぐに部屋に入ってきて、私の姿を見て目を丸くした。
「エルカミーノ様……これは?」
「マリア、聞いて。私は今日、屋敷を出るわ」
マリアの顔が青ざめる。
「え、そんな……! お父様に相談なさらずに?」
「相談しても、許さないでしょう? だから、こうして手紙を残すの」
私はマリアの手を取った。彼女は幼い頃から私の世話をしてくれ、姉のような存在だった。
「マリア、ありがとう。あなたには本当に感謝している。でも、私はもうここにいられない。婚約破棄された娘として、毎日責められる顔を見るのは耐えられないの」
マリアの目から涙がこぼれた。
「エルカミーノ様……そんなに辛かったのですね。私、何もできなくてごめんなさい」
「違うわ、マリア。あなたがいてくれたから、頑張れたのよ」
私はマリアを抱きしめた。彼女の肩が震えている。
「何かあったら、いつでもここに戻ってきてくださいね。私、ずっとお待ちしています」
「ありがとう。でも、もう戻らないと思う。新しい人生を始めるの」
別れは短かった。マリアに見送られ、私は裏口から静かに屋敷を出た。トランク一つを抱え、フード付きのマントを深く被る。使用人たちは不思議そうに見たが、誰も声をかけてこなかった。
王都の朝は早い。商人たちが店を開け始め、市場に向かう人々で通りが賑わう。私は馬車を雇わず、歩いて下町へ向かった。貴族街から離れるほど、空気が軽くなる気がした。
まずは宝石店。信頼できる老舗を選び、ネックレスと指輪を売却した。店主は少し驚いた顔をしたが、鑑定後、相応の金額を提示してくれた。金貨30枚と銀貨多数――これで半年は暮らせる。店の家賃も払える。
次は市場調査。昨日メモしたハーブの仕入れ先を回り、値段を聞く。ラベンダー、ローズマリー、カモミール、ミント。蜂蜜とオイルも。すべてを少しずつ買い込み、トランクが重くなった。
昼過ぎ、疲れた足で休憩したのは、小さな広場にある噴水の縁。パンとチーズを買って、簡単な昼食にする。周りの平民たちが、楽しそうに話している。貴族の私には縁遠かった世界。でも、ここにいると、心が落ち着く。
「これから、どうなるんだろう」
不安はまだある。でも、それ以上に期待が胸を満たしていた。前世の知識を活かせば、きっとうまくいく。コスメもカフェも、この世界では新鮮だ。女性たちが喜ぶ顔が見たい。
夕方、候補の空き店舗をもう一度見に行った。小さな二階建ての建物。一階が店、二階が住まい。家賃は月10銀貨。安い。契約は明日できる。
帰り道――いや、もう「帰り道」じゃない。これからここが私の家になる。
宿に一泊し、夜、ベッドで計画を練る。店を開くまであと数日。掃除、改装、商品作り。忙しくなるけど、楽しみだ。
ふと、ルークス殿下とアルトゥーラのことを思い出す。王宮で甘い時間を過ごしている頃だろう。アルトゥーラの癒しの力に、殿下は夢中のはず。でも、私にはもう関係ない。
「さよなら、ルークス殿下」
心の中で呟いた。涙は出なかった。代わりに、自由な気持ちが広がる。
明日から、本当に新しい人生が始まる。婚約破棄は、終わりじゃなかった。始まりだった。
私は目を閉じ、穏やかな眠りについた。夢の中で、小さな店にたくさんの女性たちが笑顔で集まっているのが見えた。
私の店。私の未来。
朝の光がカーテンを透かして部屋に差し込み、私の瞼を優しく叩いた。目を開けると、いつもの豪華な天蓋付きベッドではなく、見慣れた公爵家の自室の天井が広がっている。でも、今日の私はもう昨日までと同じではない。
ベッドから起き上がり、鏡台の前に座る。腫れた目は少し引いているが、まだ赤みが残っている。それでも、瞳の奥に小さな炎が灯っているのがわかる。前世の記憶が完全に定着し、私の中に新しい力が芽生えていた。
「今日、出るわ」
独り言が自然と口をついて出た。屋敷を出て、自分の力で生きる――その決意は、昨夜のうちに完全に固まっていた。
まずは準備。シンプルな旅装用のドレスに着替え、髪は簡単に結い上げる。完璧な令嬢の装いではなく、街で目立たないように。宝石箱から、売却用のアクセサリーを選び出す。母上のサファイアのネックレス、ルークス殿下からもらった指輪――指輪を見る手が一瞬止まった。
あの指輪は、殿下が15歳の誕生日にくれたもの。「エルカミーノ、君とずっと一緒にいたい」と言いながら、はめてくれた。あの時の殿下の笑顔は、本物だったはずなのに。
胸が痛む。でも、私はすぐに箱に戻した。売る。過去は手放す。もう、誰かの婚約者じゃない。
トランクを開け、試作したコスメの瓶を丁寧に包んで入れる。リップクリーム、ローズウォーター、石鹸の試作品。まだ数えるほどしかないけど、これが私の武器になる。
机の上に、手紙を置く。父上と母上へ。
『お父様、お母様
突然のことで申し訳ございません。私は自分の道を歩むことにしました。王太子殿下との婚約破棄は、私にとって大きな衝撃でしたが、同時に新しい人生を始めるきっかけでもあります。
これ以上、公爵家にご迷惑をおかけしたくありません。どうかご心配なく。私は元気にやっています。
いつか、胸を張って戻れる日が来たら、その時はまたお会いしましょう。
エルカミーノ』
短い文面だけど、これで十分。説明すればするほど、引き止められるだけだ。
マリアを呼ぶ。彼女はすぐに部屋に入ってきて、私の姿を見て目を丸くした。
「エルカミーノ様……これは?」
「マリア、聞いて。私は今日、屋敷を出るわ」
マリアの顔が青ざめる。
「え、そんな……! お父様に相談なさらずに?」
「相談しても、許さないでしょう? だから、こうして手紙を残すの」
私はマリアの手を取った。彼女は幼い頃から私の世話をしてくれ、姉のような存在だった。
「マリア、ありがとう。あなたには本当に感謝している。でも、私はもうここにいられない。婚約破棄された娘として、毎日責められる顔を見るのは耐えられないの」
マリアの目から涙がこぼれた。
「エルカミーノ様……そんなに辛かったのですね。私、何もできなくてごめんなさい」
「違うわ、マリア。あなたがいてくれたから、頑張れたのよ」
私はマリアを抱きしめた。彼女の肩が震えている。
「何かあったら、いつでもここに戻ってきてくださいね。私、ずっとお待ちしています」
「ありがとう。でも、もう戻らないと思う。新しい人生を始めるの」
別れは短かった。マリアに見送られ、私は裏口から静かに屋敷を出た。トランク一つを抱え、フード付きのマントを深く被る。使用人たちは不思議そうに見たが、誰も声をかけてこなかった。
王都の朝は早い。商人たちが店を開け始め、市場に向かう人々で通りが賑わう。私は馬車を雇わず、歩いて下町へ向かった。貴族街から離れるほど、空気が軽くなる気がした。
まずは宝石店。信頼できる老舗を選び、ネックレスと指輪を売却した。店主は少し驚いた顔をしたが、鑑定後、相応の金額を提示してくれた。金貨30枚と銀貨多数――これで半年は暮らせる。店の家賃も払える。
次は市場調査。昨日メモしたハーブの仕入れ先を回り、値段を聞く。ラベンダー、ローズマリー、カモミール、ミント。蜂蜜とオイルも。すべてを少しずつ買い込み、トランクが重くなった。
昼過ぎ、疲れた足で休憩したのは、小さな広場にある噴水の縁。パンとチーズを買って、簡単な昼食にする。周りの平民たちが、楽しそうに話している。貴族の私には縁遠かった世界。でも、ここにいると、心が落ち着く。
「これから、どうなるんだろう」
不安はまだある。でも、それ以上に期待が胸を満たしていた。前世の知識を活かせば、きっとうまくいく。コスメもカフェも、この世界では新鮮だ。女性たちが喜ぶ顔が見たい。
夕方、候補の空き店舗をもう一度見に行った。小さな二階建ての建物。一階が店、二階が住まい。家賃は月10銀貨。安い。契約は明日できる。
帰り道――いや、もう「帰り道」じゃない。これからここが私の家になる。
宿に一泊し、夜、ベッドで計画を練る。店を開くまであと数日。掃除、改装、商品作り。忙しくなるけど、楽しみだ。
ふと、ルークス殿下とアルトゥーラのことを思い出す。王宮で甘い時間を過ごしている頃だろう。アルトゥーラの癒しの力に、殿下は夢中のはず。でも、私にはもう関係ない。
「さよなら、ルークス殿下」
心の中で呟いた。涙は出なかった。代わりに、自由な気持ちが広がる。
明日から、本当に新しい人生が始まる。婚約破棄は、終わりじゃなかった。始まりだった。
私は目を閉じ、穏やかな眠りについた。夢の中で、小さな店にたくさんの女性たちが笑顔で集まっているのが見えた。
私の店。私の未来。
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