婚約破棄された令嬢の華麗なる逆転劇 ~王太子の後悔と私の新しい恋~」

鷹 綾

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第8話: 広がる噂とカフェの夢

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第8話: 広がる噂とカフェの夢

開店から一週間が過ぎ、『Rose Petal』は少しずつ近所の人たちに知られるようになっていた。毎朝、扉を開けると、すでに数人の常連さんが待っていることもあった。主婦のエマさん、市場で八百屋をするリアさん、パン屋の娘リナさん――彼女たちは私の商品を気に入り、毎日顔を出してくれるようになった。

今日も朝から忙しかった。ハンドクリームが特に人気で、在庫が底をつきそう。昨夜遅くまで追加で作っておいてよかった。

「エルカさん、今日もハンドクリームありますか? 昨日使ったら、手が本当にすべすべで! 旦那にも褒められちゃった」

エマさんが笑顔で入ってきて、すぐに棚へ。私は「エルカ」と名乗っている。貴族の身分を隠すため、フルネームは言わない。みんな自然にそう呼んでくれる。

「ありますよ、エマさん。今日はローズの香りも新しく作りました。どうぞ試してみてください」

エマさんは喜んで試し、すぐに二個買ってくれた。他のお客さんも次々と入ってきて、午前中だけで昨日以上の売上になった。

昼過ぎ、少し客足が落ち着いた頃、私はカウンターの奥で新しい計画を考えていた。コスメだけでなく、カフェを併設したい。テーブルをもう少し増やして、ティーを飲みながらゆっくり過ごせる場所に。女性たちが集まって、おしゃべりしたり、商品を試したりできる空間。

前世で好きだったカフェのイメージを、この世界で再現したい。紅茶にスイーツを添えて。簡単なスコーンやクッキーなら、私にも作れる。

「それ、いいアイデアかも」

独り言を呟きながら、メモを取る。材料は市場で手に入る。オーブンは中古で安く買えるはず。

夕方近く、店内が再び賑わってきた。今日は特に若い娘さんたちが多く、ティーを飲みながら商品の話をしている。

「このローズウォーター、顔にかけたら本当に肌が明るくなった気がする」「私、リップクリームがないともうダメ。毎日塗ってる」「エルカさん、もっとスイーツとか出さないの? お茶だけじゃ物足りないわ」

その言葉に、私は耳を疑った。まさに考えていたことだ。

「スイーツ、ですか? 実は、少し考えているんです。スコーンとか、クッキーとか」

娘さんたちが目を輝かせる。

「本当!? 楽しみ~! ここ、居心地いいし、もっとゆっくりしたいのよね」

私は笑顔で頷いた。よし、決めた。来週から、カフェメニューを始める。

日が暮れる頃、今日の売上を計算した。開店以来最高の500銀貨超え。在庫の補充が必要だけど、十分に回っている。これなら、テーブルを増やしたり、オーブンを買ったりできる。

店を閉め、二階の部屋に戻る。疲れているはずなのに、興奮で眠れない。明日の仕入れリストを作りながら、未来を想像する。王都の女性たちが、『Rose Petal』に集まって、笑顔で過ごす。私の作ったもので、みんなが少し幸せになる。

そんな場所にしたい。

ふと、街の噂が耳に入ってきた。常連さんの会話から、王宮の話。ルークス殿下とアルトゥーラの婚約が正式に発表されたらしい。貴族たちは祝福ムードで、王都全体がお祝いの雰囲気だとか。

胸が少しだけ疼いた。でも、すぐに振り払う。あの人たちの幸せは、もう私の人生に関係ない。私はここで、自分の幸せを築いている。

夜、簡単な夕食を済ませ、試作用の生地を練り始めた。スコーンのレシピを思い出しながら。バターを冷たく保ち、生地を優しく混ぜる。オーブンはまだないけど、フライパンで焼ける簡単なものから。

焼き上がったスコーンを一口。素朴だけど、美味しい。紅茶と一緒に食べたら、きっと喜ばれる。

「これでいこう」

満足して、ベッドに入る。夢の中で、店がもっと広くなり、たくさんの女性たちが集まっている。ティーカップの音、笑い声、いい香り。

――その頃、王宮では。

ルークスは執務室で書類を眺めていたが、集中できない。側近が報告する。

「殿下、エルカミーノ公爵家の長女が、屋敷を出たとの噂がございます。現在、下町で小さな店を開いているとか」

ルークスは一瞬、手を止めた。

「店? あのエルカミーノが?」

「はい。コスメやティーを売る店だそうです。女性たちに少し人気が出ているようで」

ルークスは小さく鼻を鳴らした。

「ふん、気晴らしだろう。すぐに飽きて戻ってくるさ」

側近はそれ以上何も言わず、頭を下げた。でも、ルークスの胸に、わずかな苛立ちが残った。あの完璧な令嬢が、下町で商売? 想像できない。でも、なぜか気にかかる。

アルトゥーラが部屋に入ってきた。

「殿下、どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない」

ルークスは笑顔を作り、アルトゥーラを抱き寄せた。彼女の癒しの力が、心地よい。でも、どこかで心の片隅に、小さな棘が残っている気がした。

――下町の『Rose Petal』で。

私は眠りに落ちながら、静かに誓った。

もっと大きくする。この店を。王都の女性たちが、みんな知ってる場所に。

婚約破棄された過去は、もう遠い。私はここで、輝き始める。

小さな店から、大きな夢が広がっていく。

明日も、たくさんのお客さんが来てくれるといいな。

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