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第10話: 広がる成功と再びの来客
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第10話: 広がる成功と再びの来客
開店から二週間が過ぎ、『Rose Petal』は下町の隠れた人気スポットになっていた。朝の開店前から常連さんが並ぶ日もあり、商品は午前中で売り切れるものも出てきた。特にハンドクリームと新発売のフェイスパックが大好評で、追加生産が追いつかないほどだ。
今日も店内は賑やかだった。テーブルを三つに増やし、カフェスペースを広げたおかげで、女性たちがティーとスコーンを楽しみながら長居してくれる。手作りのスコーンはバターの香りがふわっと広がり、蜂蜜をかけるとみんなが幸せそうな顔をする。
「エルカさん、今日のスコーン最高! 家で真似しようと思ったけど、絶対無理だわ」「フェイスパック、昨夜使ったら朝の肌が全然違う! もう手放せない」「ここに来るのが毎日の楽しみになってる」
そんな言葉を聞くたび、胸が温かくなる。前世のOL時代、誰かに喜んでもらう機会なんてほとんどなかった。でも今は違う。私の作ったもので、直接誰かが笑顔になる。
経済的にも、完全に独立できた。屋敷を出てからの貯金は底をつきかけていたけど、今は毎日の売上で余裕さえ出てきた。来月には、店の看板を新しくし、棚を増やす予定だ。
午後の客足が少し落ち着いた頃、扉のベルが再び鳴った。
「あ、いらっしゃいませ」
顔を上げると、そこに立っていたのは――あの時の謎の貴族男性だった。黒いコート、銀色の髪、冷たい青灰色の瞳。変わらず近寄りがたい雰囲気だが、今日は少しだけ表情が柔らかい気がした。
店内の女性客たちが、またざわつく。
「あの人、また来た」「前回もたくさん買ってたよね」「エルカさん、知り合い?」
私は平静を装って迎えた。
「ご来店ありがとうございます。またお越しくださったんですね」
彼――ガーラミオは軽く頷き、カウンターへ近づいてきた。
「商品が良かったのでな。再入荷を確かめたかった」
彼は棚を見回し、ハンドクリームとローズウォーターを手に取る。さらには新作のフェイスパックにも目を留めた。
「これは新商品か?」
「はい、卵白と蜂蜜のフェイスパックです。肌を引き締めて、明るくする効果があります。お連れ様への贈り物にいかがでしょう?」
彼は少し考えて、首を振った。
「いや、自分で使う。肌の疲れが気になる時があるのでな」
貴族の男性がフェイスパック? 意外だったけど、嬉しくて説明を続ける。
「塗って十分ほど置いて洗い流すだけです。試供品がありますよ」
彼は無言で試し、鏡で自分の顔を見る。少しだけ眉が上がった。
「……効果がありそうだ」
結局、彼はハンドクリーム三個、フェイスパック二個、ローズウォーター二本、スコーンもお持ち帰り用に数個買ってくれた。会計は80銀貨を超え、今日一番の大きな買い上げだ。
「いつもありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいですか? 次回のために」
私は勇気を出して聞いた。彼は一瞬、私をじっと見てから答えた。
「ガーラミオだ」
短く、それだけ。フルネームは言わない。でも、十分だ。
「ガーラミオ様ですね。またお待ちしています」
彼は紙袋を受け取り、軽く頭を下げて店を出た。扉が閉まった後、常連さんたちが一斉に寄ってきた。
「エルカさん、あの人誰? めっちゃイケメンだけど怖い感じ」「貴族よね、絶対。剣士っぽい」「また来そうね~」
私は笑ってごまかしたが、心の中では少し動揺していた。あの人は、ただの客じゃない気がする。なぜか、私の店を特別に見ているような。
夕方、店を閉めて売上を計算する。今日も過去最高。もう、経済的に不安はない。これなら、もっと大きな店に移ることも考えられる。
二階の部屋で夕食を食べながら、今日のことを振り返る。ガーラミオ様の冷たい瞳。でも、商品を丁寧に見てくれる姿に、どこか誠実さを感じた。
「また来てくれるかな」
そんなことを思いながら、明日の新商品を考える。次は、簡単なボディオイルを作ろう。冬の乾燥に。
――その夜、ヴェルディア公爵邸。
ガーラミオは自室で、買ってきたフェイスパックを試していた。塗って待つ時間、珍しくリラックスする。洗い流すと、確かに肌が滑らかだ。
「予想以上だな」
彼は鏡を見て、独り言を呟いた。公爵家の情報網で、店主が元エルカミーノ公爵家の令嬢だと確信した。婚約破棄の後、一人で下町に店を開くなど、普通の貴族令嬢ならありえない。
彼女の瞳にあった強い光。あれは、ただの気晴らしじゃない。本気だ。
ガーラミオは珍しく興味を引かれていた。公爵家を継ぐ者として、商才のある人物は貴重だ。それに――彼女の作る商品は、純粋に優れている。
「ビジネスとして、使えるかもしれない」
彼は自分に言い聞かせた。でも、心のどこかで、もう少し知りたいと思っている。
――一方、王宮。
ルークスは側近から報告を受けていた。
「エルカミーノの店が、かなり人気のようです。下町の女性たちの間で、評判が広がっています」
ルークスは苛立ったようにカップを置いた。
「ふん、そんなものか。所詮、下町の遊びだ。すぐに飽きるさ」
でも、心の奥に小さな棘が刺さる。あの完璧なエルカミーノが、一人で成功している? 想像したくない。
アルトゥーラが寄り添ってきた。
「殿下、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない」
ルークスは笑顔を作ったが、どこかぎこちない。
――下町の『Rose Petal』。
私はベッドで、今日の売上帳を見ながら微笑んだ。もう、誰にも頼らない。自分の力で、ここまで来た。
ガーラミオ様の顔がふと浮かぶ。冷たいけど、どこか優しそうな人。
明日も、店を開ける。もっとたくさんのお客さんが来てくれるように。
私の成功は、まだ始まったばかり。これから、もっと大きくなる。
婚約破棄された過去は、もう影すら薄い。私は今、輝いている。
開店から二週間が過ぎ、『Rose Petal』は下町の隠れた人気スポットになっていた。朝の開店前から常連さんが並ぶ日もあり、商品は午前中で売り切れるものも出てきた。特にハンドクリームと新発売のフェイスパックが大好評で、追加生産が追いつかないほどだ。
今日も店内は賑やかだった。テーブルを三つに増やし、カフェスペースを広げたおかげで、女性たちがティーとスコーンを楽しみながら長居してくれる。手作りのスコーンはバターの香りがふわっと広がり、蜂蜜をかけるとみんなが幸せそうな顔をする。
「エルカさん、今日のスコーン最高! 家で真似しようと思ったけど、絶対無理だわ」「フェイスパック、昨夜使ったら朝の肌が全然違う! もう手放せない」「ここに来るのが毎日の楽しみになってる」
そんな言葉を聞くたび、胸が温かくなる。前世のOL時代、誰かに喜んでもらう機会なんてほとんどなかった。でも今は違う。私の作ったもので、直接誰かが笑顔になる。
経済的にも、完全に独立できた。屋敷を出てからの貯金は底をつきかけていたけど、今は毎日の売上で余裕さえ出てきた。来月には、店の看板を新しくし、棚を増やす予定だ。
午後の客足が少し落ち着いた頃、扉のベルが再び鳴った。
「あ、いらっしゃいませ」
顔を上げると、そこに立っていたのは――あの時の謎の貴族男性だった。黒いコート、銀色の髪、冷たい青灰色の瞳。変わらず近寄りがたい雰囲気だが、今日は少しだけ表情が柔らかい気がした。
店内の女性客たちが、またざわつく。
「あの人、また来た」「前回もたくさん買ってたよね」「エルカさん、知り合い?」
私は平静を装って迎えた。
「ご来店ありがとうございます。またお越しくださったんですね」
彼――ガーラミオは軽く頷き、カウンターへ近づいてきた。
「商品が良かったのでな。再入荷を確かめたかった」
彼は棚を見回し、ハンドクリームとローズウォーターを手に取る。さらには新作のフェイスパックにも目を留めた。
「これは新商品か?」
「はい、卵白と蜂蜜のフェイスパックです。肌を引き締めて、明るくする効果があります。お連れ様への贈り物にいかがでしょう?」
彼は少し考えて、首を振った。
「いや、自分で使う。肌の疲れが気になる時があるのでな」
貴族の男性がフェイスパック? 意外だったけど、嬉しくて説明を続ける。
「塗って十分ほど置いて洗い流すだけです。試供品がありますよ」
彼は無言で試し、鏡で自分の顔を見る。少しだけ眉が上がった。
「……効果がありそうだ」
結局、彼はハンドクリーム三個、フェイスパック二個、ローズウォーター二本、スコーンもお持ち帰り用に数個買ってくれた。会計は80銀貨を超え、今日一番の大きな買い上げだ。
「いつもありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいですか? 次回のために」
私は勇気を出して聞いた。彼は一瞬、私をじっと見てから答えた。
「ガーラミオだ」
短く、それだけ。フルネームは言わない。でも、十分だ。
「ガーラミオ様ですね。またお待ちしています」
彼は紙袋を受け取り、軽く頭を下げて店を出た。扉が閉まった後、常連さんたちが一斉に寄ってきた。
「エルカさん、あの人誰? めっちゃイケメンだけど怖い感じ」「貴族よね、絶対。剣士っぽい」「また来そうね~」
私は笑ってごまかしたが、心の中では少し動揺していた。あの人は、ただの客じゃない気がする。なぜか、私の店を特別に見ているような。
夕方、店を閉めて売上を計算する。今日も過去最高。もう、経済的に不安はない。これなら、もっと大きな店に移ることも考えられる。
二階の部屋で夕食を食べながら、今日のことを振り返る。ガーラミオ様の冷たい瞳。でも、商品を丁寧に見てくれる姿に、どこか誠実さを感じた。
「また来てくれるかな」
そんなことを思いながら、明日の新商品を考える。次は、簡単なボディオイルを作ろう。冬の乾燥に。
――その夜、ヴェルディア公爵邸。
ガーラミオは自室で、買ってきたフェイスパックを試していた。塗って待つ時間、珍しくリラックスする。洗い流すと、確かに肌が滑らかだ。
「予想以上だな」
彼は鏡を見て、独り言を呟いた。公爵家の情報網で、店主が元エルカミーノ公爵家の令嬢だと確信した。婚約破棄の後、一人で下町に店を開くなど、普通の貴族令嬢ならありえない。
彼女の瞳にあった強い光。あれは、ただの気晴らしじゃない。本気だ。
ガーラミオは珍しく興味を引かれていた。公爵家を継ぐ者として、商才のある人物は貴重だ。それに――彼女の作る商品は、純粋に優れている。
「ビジネスとして、使えるかもしれない」
彼は自分に言い聞かせた。でも、心のどこかで、もう少し知りたいと思っている。
――一方、王宮。
ルークスは側近から報告を受けていた。
「エルカミーノの店が、かなり人気のようです。下町の女性たちの間で、評判が広がっています」
ルークスは苛立ったようにカップを置いた。
「ふん、そんなものか。所詮、下町の遊びだ。すぐに飽きるさ」
でも、心の奥に小さな棘が刺さる。あの完璧なエルカミーノが、一人で成功している? 想像したくない。
アルトゥーラが寄り添ってきた。
「殿下、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない」
ルークスは笑顔を作ったが、どこかぎこちない。
――下町の『Rose Petal』。
私はベッドで、今日の売上帳を見ながら微笑んだ。もう、誰にも頼らない。自分の力で、ここまで来た。
ガーラミオ様の顔がふと浮かぶ。冷たいけど、どこか優しそうな人。
明日も、店を開ける。もっとたくさんのお客さんが来てくれるように。
私の成功は、まだ始まったばかり。これから、もっと大きくなる。
婚約破棄された過去は、もう影すら薄い。私は今、輝いている。
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