婚約破棄された令嬢の華麗なる逆転劇 ~王太子の後悔と私の新しい恋~」

鷹 綾

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第12話: 投資の提案と迫る影

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第12話: 投資の提案と迫る影

開店から三週間が過ぎ、『Rose Petal』は下町の名物店になっていた。朝の開店前には常連さんが列を作り、午後にはカフェスペースが満席になる日も珍しくない。新しく雇ったパートの少女、リナが手伝ってくれるようになり、私は商品作りと接客に集中できるようになった。

今日も店内は賑やかだった。スコーンと紅茶の香りが漂い、女性たちの笑い声が絶えない。フェイスパックは完売続きで、急遽追加生産中だ。

午後の客足が少し落ち着いた頃、扉のベルが静かに鳴った。

「いらっしゃいませ」

顔を上げると、そこに立っていたのはガーラミオだった。いつもの黒いコート、銀色の髪、冷たい青灰色の瞳。でも、今日は少しだけ表情が違う。店内を見回し、満足げに頷いている。

常連さんたちがまたざわつく。

「あの人、また来たわ」「最近よく来るよね」「エルカさん、特別なお客さん?」

私は笑顔で迎えた。

「ガーラミオ様、今日もお越しくださってありがとうございます。新商品のボディオイルができましたよ」

彼はカウンターに近づき、棚を丁寧に見回した。ボディオイルの瓶を手に取り、香りを確かめる。

「ラベンダーとローズのブレンドか。保湿効果も高いな」

「はい、冬の乾燥にぴったりです。試してみてください」

彼は試供品を手に取り、すぐに二本購入。他にもハンドクリームとスコーンをお持ち帰り用に。いつものように、まとめて買ってくれる。

会計を済ませ、紙袋を渡す時――ガーラミオが初めて、こちらから言葉を続けた。

「エルカ、少し話がある。時間はあるか?」

私は少し驚いた。いつもは短い会話で終わるのに。

「はい、今は少し落ち着いています。奥のテーブルでどうぞ」

カフェスペースの隅のテーブルに案内し、二人で座る。私は緊張しながら紅茶を淹れた。

ガーラミオは紅茶を一口飲み、静かに切り出した。

「この店、順調だな。開店から短期間でここまで客を掴むとは、予想以上だ」

「ありがとうございます。皆さんが気に入ってくださって……本当に嬉しいんです」

彼は私の目を見て、続けた。

「私はヴェルディア公爵家のガーラミオだ。商才のある人物には、興味がある。この店の商品は質が高い。もっと広められる可能性がある」

ヴェルディア公爵家――王国でも有数の名門。軍事と商業で知られる家柄。私は一瞬息を呑んだ。

「それで……?」

「投資をしたい。資金を提供し、店舗を拡大する。材料の仕入れルートも確保できるし、貴族街への進出も可能だ。君の才能を、もっと大きく活かせる」

提案は突然だった。でも、内容は魅力的すぎる。資金があれば、もっと大きな店を借り、従業員を増やし、商品の種類も増やせる。王都全体に『Rose Petal』の名を広められる。

でも、私は少し迷った。貴族の身分を隠している以上、深く関わると過去がバレるかもしれない。それに、一人でここまで来た店を、誰かと共有することに抵抗がある。

「突然の話で……驚いています。とてもありがたいお言葉ですが、少し考えさせてください」

ガーラミオは頷いた。

「急がせない。だが、機会は逃すな。君の店は、もっと価値がある」

彼は立ち上がり、紙袋を受け取った。最後に、小さく微笑んだような気がした。

「待っている。また来る」

店を出て行く背中を見送り、私は胸の高鳴りを抑えられなかった。投資――パートナーシップ。それは、私の夢を加速させるかもしれない。

常連さんたちが寄ってきて、からかう。

「エルカさん、あの人と何話してたの~? プロポーズ?」「公爵家のガーラミオ様よ! 冷徹で有名だけど、独身だって聞いたわ」

私は顔を赤らめて笑った。

「ビジネスのお話よ。まだ何も決まってないけど」

でも、心の中では嬉しい。認められた気がした。私の努力を、誰かがちゃんと見てくれている。

夕方、店を閉めて売上を計算する。また最高記録。ガーラミオ様の提案が頭から離れない。

二階の部屋で夕食を食べながら、考える。一人で続けるか、それとも新しい道を選ぶか。どちらも魅力的だ。

――その頃、王宮。

アルトゥーラは侍女から報告を受けていた。

「聖女様、下町の『Rose Petal』、ますます繁盛しているようです。店主は確かにエルカミーノ様で、最近はヴェルディア公爵家のガーラミオ様が頻繁に訪れているとか」

アルトゥーラの顔が一瞬歪んだ。

「ガーラミオ……? あの冷徹公爵が?」

ヴェルディア家は王家とも対等に渡り合える名門。ガーラミオが関わるなら、簡単には潰せない。

「ふん……あの女、運がいいのね。でも、許さないわ」

アルトゥーラはルークスの部屋へ向かった。夕食の席で、さりげなく話題を振る。

「殿下、最近下町に素敵な店があるって聞いたわ。コスメとカフェの店で、女性たちに大人気らしいの。私も行ってみたいんだけど……」

ルークスはフォークを置いた。

「下町の店? ……まさか、『Rose Petal』か?」

アルトゥーラはわざと驚いたふりをする。

「ご存知なんですか? 店主が元婚約者の方だって噂で……」

ルークスの顔が曇る。

「そんな店、気にする必要はない。遊び半分だろう」

でも、声に苛立ちが混じる。アルトゥーラは内心で微笑んだ。

「でも、もし衛生面とか問題があったら、王国のイメージに関わるかも……。少し調査した方がいいんじゃないかしら?」

ルークスは少し考えて、頷いた。

「……そうだな。税務署に言っておこう。念のため、だ」

アルトゥーラは優しく微笑む。

「殿下、さすがです」

計画の第一歩。税務調査を入れれば、店にダメージを与えられる。エルカミーノを、再びどん底に落とす。

――下町の夜。

私はベッドで、ガーラミオ様の提案を思い浮かべていた。冷たい人だけど、商品をちゃんと評価してくれる。ビジネスパートナーとして、信頼できそう。

まだ答えは出ていない。でも、心が少し躍っている。

王宮の影は、まだ私に届いていない。迫る妨害の気配を、私はまだ知らない。

明日も、店を開ける。笑顔のお客さんたちを、迎えに。

私の夢は、広がり始めている。

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