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第16話: 冷徹な仮面と開かれた心
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第16話: 冷徹な仮面と開かれた心
夕暮れの『Rose Petal』は、今日も穏やかな賑わいを見せていた。税務調査の危機を乗り越え、ガーラミオ様の投資で店舗拡大の準備が進む中、お客さんたちの笑顔が戻ってきた。新しく雇ったリナが手伝ってくれ、カフェスペースはティーとスコーンの香りで満ちている。
客足が落ち着いた夕方、いつものようにガーラミオが訪れた。今日は黒いコートの代わりに、少し軽やかなダークグレーのジャケット。銀色の髪が夕陽に映え、店内の女性客たちがまたざわつく。
「ガーラミオ様、いらっしゃいませ。今日は新作のボディローションがありますよ」
私は笑顔で迎えた。彼はカウンターに近づき、いつものように商品を丁寧に見る。
「ローションか。香りは?」
「ローズとベルガモットです。軽い使い心地で、男性にもおすすめですよ」
彼は試供品を手に取り、腕に塗ってみた。頷き、すぐに二本購入。
会計を済ませ、奥のテーブルに案内する。最近は、短いけどお茶を一緒に飲む時間が習慣になりつつあった。
紅茶を淹れ、向かい合って座る。ガーラミオはカップを手に、静かに口を開いた。
「指輪の製作者から、証言を取った。アルトゥーラの癒しの力の演出に使われた魔法石の指輪――製作者本人が、偽物の光を仕込んだと認めた。文書も取った」
私は目を輝かせた。
「本当ですか!? これで、決定的な証拠になります」
「まだ公開は控えろ。結婚式まで待て。あの場で暴露すれば、最大の効果だ」
彼の冷静な判断に、頷く。でも、ふと気づいた。彼の瞳が、今日は少し疲れている。
「ガーラミオ様……お疲れですか? 私のために、こんなに動いてくださって」
彼は一瞬視線を逸らし、カップを見つめた。
「……ヴェルディア家を継ぐ者として、慣れている。危険な交渉も多い」
その言葉に、好奇心が湧いた。彼の過去について、ほとんど知らない。冷徹で知られる公爵子息。でも、私の店を訪れるようになってから、少しずつ仮面が外れている気がする。
「ガーラミオ様の過去……お聞きしてもいいですか? なぜ、そんなに冷たく見えるのに、私の店を認めてくださったのか」
彼は少し間を置き、ゆっくりと語り始めた。
「私はヴェルディア公爵家の長男だ。父は厳しく、幼い頃から剣と政略を叩き込まれた。感情を表に出せば、弱みになる。公爵家は軍事と商業で王国を支えるが、敵も多い。裏切り、暗殺未遂――何度も経験した」
私は息を呑んだ。想像以上の重い過去。
「母は早くに亡くなり、兄も病で失った。残されたのは、私だけ。冷徹でなければ、生き残れなかった」
彼の声は淡々としていたが、瞳の奥に古い痛みがちらついた。
「だから、感情を封じてきた。人を信じず、利益で動く。それがヴェルディアの掟だ」
でも――彼はカップを置き、私の目を見た。
「君の店に来て、変わった。商品は本物で、君の笑顔は偽りがない。お客さんたちが、心から喜ぶ姿。貴族社会では、見たことのないものだった」
胸が熱くなった。
「ガーラミオ様……」
「最初はビジネス的な興味だった。だが、今は違う。君自身が、気になる」
突然の言葉に、頰が赤らむ。彼は少し照れたように視線を逸らし、続けた。
「君は強い。婚約破棄され、どん底から這い上がった。復讐に走らず、自分の道を切り開く。俺は、そんな君を――尊敬している」
尊敬。そして、それ以上の感情が、声に混じっている気がした。
私は勇気を出して、手を伸ばした。テーブルの上で、彼の手の上にそっと重ねる。
「私も、ガーラミオ様を尊敬しています。冷たい仮面の下に、優しい心があるって、わかったから。私のために動いてくださって……本当に、嬉しいんです」
彼の手が、わずかに震えた。そして、ゆっくりと私の手を握り返した。温かい。
「エルカ……」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく鳴った。二人の視線が絡み、店内の喧騒が遠のく。
「これからも、傍にいてもいいか? パートナーとして、そして――」
言葉を飲み込んだ彼の瞳に、熱いものが宿る。私は頷いた。
「はい……嬉しいです」
短い沈黙。でも、甘い時間。紅茶の香りが、二人の間を優しく包む。
外では夕陽が沈み、店内は柔らかな灯りに変わる。ガーラミオは立ち上がり、私の頰に軽く触れた。
「今日は、これで失礼する。明日も来る」
「待っています」
彼が出て行った後、私は頰を押さえた。熱い。恋――これは、恋の始まりだ。
――王宮。
アルトゥーラは鏡の前で、不安を隠せなかった。指輪の製作者が、最近姿を消したという噂。ガーラミオの動きが、気になる。
「まさか……バレてる?」
ルークスは隣の部屋で、苛立っていた。エルカミーノの店が、ますます繁盛していると聞いた。ガーラミオが関わっているせいで、手が出せない。
「なぜ、あの女は……」
後悔の棘が、深くなる。
――『Rose Petal』の夜。
私は二階の部屋で、ガーラミオ様の手の温もりを思い出す。冷徹な仮面の下に、傷ついた心。そして、私への想い。
恋の緊張感が、胸を高鳴らせる。ビジネスパートナーから、友人へ。そして、今――恋人へ。
妨害はまだ続く。でも、もう一人じゃない。
ガーラミオ様がいる。私を支えてくれる人が。
明日も、店を開ける。そして、彼を待つ。
私の心は、開かれた。新しい恋に。
夕暮れの『Rose Petal』は、今日も穏やかな賑わいを見せていた。税務調査の危機を乗り越え、ガーラミオ様の投資で店舗拡大の準備が進む中、お客さんたちの笑顔が戻ってきた。新しく雇ったリナが手伝ってくれ、カフェスペースはティーとスコーンの香りで満ちている。
客足が落ち着いた夕方、いつものようにガーラミオが訪れた。今日は黒いコートの代わりに、少し軽やかなダークグレーのジャケット。銀色の髪が夕陽に映え、店内の女性客たちがまたざわつく。
「ガーラミオ様、いらっしゃいませ。今日は新作のボディローションがありますよ」
私は笑顔で迎えた。彼はカウンターに近づき、いつものように商品を丁寧に見る。
「ローションか。香りは?」
「ローズとベルガモットです。軽い使い心地で、男性にもおすすめですよ」
彼は試供品を手に取り、腕に塗ってみた。頷き、すぐに二本購入。
会計を済ませ、奥のテーブルに案内する。最近は、短いけどお茶を一緒に飲む時間が習慣になりつつあった。
紅茶を淹れ、向かい合って座る。ガーラミオはカップを手に、静かに口を開いた。
「指輪の製作者から、証言を取った。アルトゥーラの癒しの力の演出に使われた魔法石の指輪――製作者本人が、偽物の光を仕込んだと認めた。文書も取った」
私は目を輝かせた。
「本当ですか!? これで、決定的な証拠になります」
「まだ公開は控えろ。結婚式まで待て。あの場で暴露すれば、最大の効果だ」
彼の冷静な判断に、頷く。でも、ふと気づいた。彼の瞳が、今日は少し疲れている。
「ガーラミオ様……お疲れですか? 私のために、こんなに動いてくださって」
彼は一瞬視線を逸らし、カップを見つめた。
「……ヴェルディア家を継ぐ者として、慣れている。危険な交渉も多い」
その言葉に、好奇心が湧いた。彼の過去について、ほとんど知らない。冷徹で知られる公爵子息。でも、私の店を訪れるようになってから、少しずつ仮面が外れている気がする。
「ガーラミオ様の過去……お聞きしてもいいですか? なぜ、そんなに冷たく見えるのに、私の店を認めてくださったのか」
彼は少し間を置き、ゆっくりと語り始めた。
「私はヴェルディア公爵家の長男だ。父は厳しく、幼い頃から剣と政略を叩き込まれた。感情を表に出せば、弱みになる。公爵家は軍事と商業で王国を支えるが、敵も多い。裏切り、暗殺未遂――何度も経験した」
私は息を呑んだ。想像以上の重い過去。
「母は早くに亡くなり、兄も病で失った。残されたのは、私だけ。冷徹でなければ、生き残れなかった」
彼の声は淡々としていたが、瞳の奥に古い痛みがちらついた。
「だから、感情を封じてきた。人を信じず、利益で動く。それがヴェルディアの掟だ」
でも――彼はカップを置き、私の目を見た。
「君の店に来て、変わった。商品は本物で、君の笑顔は偽りがない。お客さんたちが、心から喜ぶ姿。貴族社会では、見たことのないものだった」
胸が熱くなった。
「ガーラミオ様……」
「最初はビジネス的な興味だった。だが、今は違う。君自身が、気になる」
突然の言葉に、頰が赤らむ。彼は少し照れたように視線を逸らし、続けた。
「君は強い。婚約破棄され、どん底から這い上がった。復讐に走らず、自分の道を切り開く。俺は、そんな君を――尊敬している」
尊敬。そして、それ以上の感情が、声に混じっている気がした。
私は勇気を出して、手を伸ばした。テーブルの上で、彼の手の上にそっと重ねる。
「私も、ガーラミオ様を尊敬しています。冷たい仮面の下に、優しい心があるって、わかったから。私のために動いてくださって……本当に、嬉しいんです」
彼の手が、わずかに震えた。そして、ゆっくりと私の手を握り返した。温かい。
「エルカ……」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく鳴った。二人の視線が絡み、店内の喧騒が遠のく。
「これからも、傍にいてもいいか? パートナーとして、そして――」
言葉を飲み込んだ彼の瞳に、熱いものが宿る。私は頷いた。
「はい……嬉しいです」
短い沈黙。でも、甘い時間。紅茶の香りが、二人の間を優しく包む。
外では夕陽が沈み、店内は柔らかな灯りに変わる。ガーラミオは立ち上がり、私の頰に軽く触れた。
「今日は、これで失礼する。明日も来る」
「待っています」
彼が出て行った後、私は頰を押さえた。熱い。恋――これは、恋の始まりだ。
――王宮。
アルトゥーラは鏡の前で、不安を隠せなかった。指輪の製作者が、最近姿を消したという噂。ガーラミオの動きが、気になる。
「まさか……バレてる?」
ルークスは隣の部屋で、苛立っていた。エルカミーノの店が、ますます繁盛していると聞いた。ガーラミオが関わっているせいで、手が出せない。
「なぜ、あの女は……」
後悔の棘が、深くなる。
――『Rose Petal』の夜。
私は二階の部屋で、ガーラミオ様の手の温もりを思い出す。冷徹な仮面の下に、傷ついた心。そして、私への想い。
恋の緊張感が、胸を高鳴らせる。ビジネスパートナーから、友人へ。そして、今――恋人へ。
妨害はまだ続く。でも、もう一人じゃない。
ガーラミオ様がいる。私を支えてくれる人が。
明日も、店を開ける。そして、彼を待つ。
私の心は、開かれた。新しい恋に。
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