17 / 30
第17話: 敵の焦りと小さな転落
しおりを挟む
第17話: 敵の焦りと小さな転落
王宮の聖女私室は、豪華な絨毯と金縁の鏡で飾られていたが、今日のアルトゥーラの気分は最悪だった。鏡台の前に座り、侍女に髪を梳かせながら、苛立った声で尋ねる。
「指輪の製作者は、まだ見つからないの?」
侍女は恐縮しながら頭を下げた。
「申し訳ございません。突然姿を消してしまい……町の情報屋にも心当たりがないそうです」
アルトゥーラは鏡の中の自分を睨んだ。美しい金髪、青い瞳、無垢な笑顔――すべてが完璧に演出されたもの。でも、今はその仮面が、少しずつ剥がれ落ちそうで怖い。
税務調査が失敗に終わったのは、ヴェルディアのガーラミオの介入だ。あの冷徹公爵が、下町の小さな店を守っている。なぜ? エルカミーノのため? まさか、あの女と――。
「絶対に許さない」
小さな呟きが漏れた。ルークスを魅了した時も、婚約破棄を仕組んだ時も、すべて計画通りだった。平民出身の自分が、王妃になる道は目前だ。なのに、エルカミーノが邪魔をする。
侍女に命じて、下町の最新情報を集めさせた。
「『Rose Petal』は、税務調査を乗り越えて、ますます繁盛しているそうです。ガーラミオ様が投資し、来月には店舗を拡大する予定だとか」
アルトゥーラの拳が震えた。
「拡大? あの女が、ますます調子に乗るのね」
焦りが胸を締めつける。ルークスに相談しようかと思ったが、最近の彼は機嫌が悪い。エルカミーノの名前を出すだけで、苛立つ。
「自分で、何とかしなくちゃ」
アルトゥーラは立ち上がり、隠し引き出しから小さな瓶を取り出した。中身は、癒しの力を演出するための特殊な薬草粉末。残り少ない。これがなくなれば、本物の微弱な力だけでは、聖女の地位を保てない。
「もっと強力な妨害を……」
彼女は侍女に命じた。
「下町のならず者たちを探して。金で雇える連中を。『Rose Petal』を襲わせて、商品を壊すのよ。火を付けるくらいでもいいわ」
侍女が青ざめる。
「聖女様、そんな危険な……」
「黙りなさい! あれがなくなれば、すべて元通りよ」
アルトゥーラの目が、狂おしい光を帯びた。腹黒い本性が、完全に露わになる瞬間。
――一方、王太子の執務室。
ルークスは窓辺に立ち、王都を見下ろしていた。側近の報告が、頭に残っている。
「『Rose Petal』の店は、ヴェルディア家の支援でさらに成長しています。中級貴族の奥方たちまでもが、通うようになったそうです」
ルークスは苛立ったように拳を握った。
「ガーラミオが、そこまでするか……」
エルカミーノの成功が、胸をざわつかせる。あの完璧な令嬢が、下町で商売を続け、しかも繁盛させている。自分がいなくても、彼女は輝いている。
婚約破棄の宴を思い出す。あの時、エルカミーノは涙一つ見せず、静かに退出した。強がりだと思っていたのに、今は違う。あれは、本物の強さだったのかもしれない。
アルトゥーラの顔が浮かぶ。彼女の癒しの力に救われ、運命だと信じた。でも、最近、彼女の態度に違和感がある。支配的で、わがまま。自分の意見を曲げない。
「俺の選択は……本当に正しかったのか?」
小さな後悔が、声になって漏れた。側近が心配そうに見ているが、無視する。
夕食の席で、アルトゥーラが寄り添ってきた。
「殿下、結婚式の準備が進んでいますわ。ドレスも決まりましたのよ」
ルークスは笑顔を作ったが、心は曇っている。
「そうだな……楽しみだ」
でも、言葉が空虚に響く。アルトゥーラは気づかず、甘えるように続ける。
「エルカミーノの店のこと、気にしないでくださいませ。あんな下町の遊び、すぐに飽きられますわ」
その言葉に、ルークスは苛立った。
「もう、その話はするな」
アルトゥーラが驚いた顔をする。ルークスは立ち上がり、部屋を出た。一人になると、胸の棘が痛む。
――その夜、下町の路地。
アルトゥーラが雇ったならず者たちが、数人で集まっていた。リーダーが金貨の袋を振りながら言う。
「聖女様の依頼だ。『Rose Petal』って店を襲え。商品を壊し、脅して来るなって言え。火を付けるなら、追加の金だ」
部下たちがニヤリと笑う。
「簡単な仕事だな。明日、夜中にやるか」
彼らは知らない。その会話を、ガーラミオの情報員が、影から聞いていたことを。
――『Rose Petal』の二階。
私はガーラミオと、遅くまで計画を練っていた。彼が店に残り、証拠の最終確認をしている。
「ならず者たちが動くらしい。明日夜だ」
ガーラミオの報告に、私は頷いた。
「罠を張りましょう。王宮衛兵を呼んで、捕まえれば、アルトゥーラへの証拠になる」
彼は私の手を握り、静かに言った。
「危険だ。君は安全なところに」
「いや、一緒にいます。これは私の戦い」
ガーラミオは少し迷い、微笑んだ。
「強いな、君は」
甘い視線が絡む。今日も、手を握り合った温もりが残っている。
敵の焦りは、深まる。アルトゥーラの計画は、小さな失敗に向かう。
ルークスの後悔は、少しずつ形になる。
そして、私たちは――勝ち始める。
小さなザマアの予感。ならず者たちの襲撃は、逆にアルトゥーラの足をすくう。
私の逆転は、すぐそこだ。
王宮の聖女私室は、豪華な絨毯と金縁の鏡で飾られていたが、今日のアルトゥーラの気分は最悪だった。鏡台の前に座り、侍女に髪を梳かせながら、苛立った声で尋ねる。
「指輪の製作者は、まだ見つからないの?」
侍女は恐縮しながら頭を下げた。
「申し訳ございません。突然姿を消してしまい……町の情報屋にも心当たりがないそうです」
アルトゥーラは鏡の中の自分を睨んだ。美しい金髪、青い瞳、無垢な笑顔――すべてが完璧に演出されたもの。でも、今はその仮面が、少しずつ剥がれ落ちそうで怖い。
税務調査が失敗に終わったのは、ヴェルディアのガーラミオの介入だ。あの冷徹公爵が、下町の小さな店を守っている。なぜ? エルカミーノのため? まさか、あの女と――。
「絶対に許さない」
小さな呟きが漏れた。ルークスを魅了した時も、婚約破棄を仕組んだ時も、すべて計画通りだった。平民出身の自分が、王妃になる道は目前だ。なのに、エルカミーノが邪魔をする。
侍女に命じて、下町の最新情報を集めさせた。
「『Rose Petal』は、税務調査を乗り越えて、ますます繁盛しているそうです。ガーラミオ様が投資し、来月には店舗を拡大する予定だとか」
アルトゥーラの拳が震えた。
「拡大? あの女が、ますます調子に乗るのね」
焦りが胸を締めつける。ルークスに相談しようかと思ったが、最近の彼は機嫌が悪い。エルカミーノの名前を出すだけで、苛立つ。
「自分で、何とかしなくちゃ」
アルトゥーラは立ち上がり、隠し引き出しから小さな瓶を取り出した。中身は、癒しの力を演出するための特殊な薬草粉末。残り少ない。これがなくなれば、本物の微弱な力だけでは、聖女の地位を保てない。
「もっと強力な妨害を……」
彼女は侍女に命じた。
「下町のならず者たちを探して。金で雇える連中を。『Rose Petal』を襲わせて、商品を壊すのよ。火を付けるくらいでもいいわ」
侍女が青ざめる。
「聖女様、そんな危険な……」
「黙りなさい! あれがなくなれば、すべて元通りよ」
アルトゥーラの目が、狂おしい光を帯びた。腹黒い本性が、完全に露わになる瞬間。
――一方、王太子の執務室。
ルークスは窓辺に立ち、王都を見下ろしていた。側近の報告が、頭に残っている。
「『Rose Petal』の店は、ヴェルディア家の支援でさらに成長しています。中級貴族の奥方たちまでもが、通うようになったそうです」
ルークスは苛立ったように拳を握った。
「ガーラミオが、そこまでするか……」
エルカミーノの成功が、胸をざわつかせる。あの完璧な令嬢が、下町で商売を続け、しかも繁盛させている。自分がいなくても、彼女は輝いている。
婚約破棄の宴を思い出す。あの時、エルカミーノは涙一つ見せず、静かに退出した。強がりだと思っていたのに、今は違う。あれは、本物の強さだったのかもしれない。
アルトゥーラの顔が浮かぶ。彼女の癒しの力に救われ、運命だと信じた。でも、最近、彼女の態度に違和感がある。支配的で、わがまま。自分の意見を曲げない。
「俺の選択は……本当に正しかったのか?」
小さな後悔が、声になって漏れた。側近が心配そうに見ているが、無視する。
夕食の席で、アルトゥーラが寄り添ってきた。
「殿下、結婚式の準備が進んでいますわ。ドレスも決まりましたのよ」
ルークスは笑顔を作ったが、心は曇っている。
「そうだな……楽しみだ」
でも、言葉が空虚に響く。アルトゥーラは気づかず、甘えるように続ける。
「エルカミーノの店のこと、気にしないでくださいませ。あんな下町の遊び、すぐに飽きられますわ」
その言葉に、ルークスは苛立った。
「もう、その話はするな」
アルトゥーラが驚いた顔をする。ルークスは立ち上がり、部屋を出た。一人になると、胸の棘が痛む。
――その夜、下町の路地。
アルトゥーラが雇ったならず者たちが、数人で集まっていた。リーダーが金貨の袋を振りながら言う。
「聖女様の依頼だ。『Rose Petal』って店を襲え。商品を壊し、脅して来るなって言え。火を付けるなら、追加の金だ」
部下たちがニヤリと笑う。
「簡単な仕事だな。明日、夜中にやるか」
彼らは知らない。その会話を、ガーラミオの情報員が、影から聞いていたことを。
――『Rose Petal』の二階。
私はガーラミオと、遅くまで計画を練っていた。彼が店に残り、証拠の最終確認をしている。
「ならず者たちが動くらしい。明日夜だ」
ガーラミオの報告に、私は頷いた。
「罠を張りましょう。王宮衛兵を呼んで、捕まえれば、アルトゥーラへの証拠になる」
彼は私の手を握り、静かに言った。
「危険だ。君は安全なところに」
「いや、一緒にいます。これは私の戦い」
ガーラミオは少し迷い、微笑んだ。
「強いな、君は」
甘い視線が絡む。今日も、手を握り合った温もりが残っている。
敵の焦りは、深まる。アルトゥーラの計画は、小さな失敗に向かう。
ルークスの後悔は、少しずつ形になる。
そして、私たちは――勝ち始める。
小さなザマアの予感。ならず者たちの襲撃は、逆にアルトゥーラの足をすくう。
私の逆転は、すぐそこだ。
1
あなたにおすすめの小説
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる