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第22話: 王太子の葛藤と後悔の夜
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第22話: 王太子の葛藤と後悔の夜
王宮の執務室は、夜遅くになっても灯りが消えなかった。ルークスは玉座に似た椅子に深く腰掛け、窓の外の月をぼんやりと眺めていた。机の上には結婚式の最終確認書類が山積みになっているが、手をつける気力が湧かない。
側近が控えめに声を掛けた。
「殿下、もうお休みになられた方が……明日も式の打ち合わせがございます」
ルークスは小さく手を振った。
「……少し、一人にさせてくれ」
側近が退出すると、部屋に重い静寂が戻る。ルークスは立ち上がり、ワイングラスを手に取った。深紅の液体を一口含み、苦く感じる。
結婚式まであと五日。アルトゥーラとの結婚。本来なら、王太子として喜ぶべき瞬間だ。彼女の癒しの力は王国を救い、民衆も祝福している。完璧な選択だったはずだ。
なのに、なぜ心がこんなに乱れるのか。
エルカミーノの顔が、頭から離れない。あの婚約破棄の宴で、彼女は涙一つ見せず、静かに退出した。あの時は強がりだと思った。すぐに実家に戻り、落ちぶれるだろうと。
だが、現実は違う。下町で一人店を開き、成功させている。『Rose Petal』――薔薇の花びら。女性たちの間で評判が広がり、中級貴族の奥方たちまでも通うようになった。しかも、ヴェルディアのガーラミオがパートナーとして支えている。
ガーラミオと一緒に、結婚式に出席する。
ルークスはグラスを強く握った。ガラスが軋む音がする。
「あいつは……俺がいなくても、幸せなのか」
独り言が漏れた。エルカミーノは完璧な令嬢だった。幼い頃から決まっていた婚約。彼女の努力は、すべて王太子妃になるためだった。それを、公衆の面前で捨てたのは自分だ。
アルトゥーラに出会い、一目で心を奪われた。平民出身の聖女。純粋で、癒しの力を持ち、自分を無条件に愛してくれる。運命だと信じた。
でも、最近のアルトゥーラは違う。わがままが増え、意見を曲げない。癒しの力を披露する時も、どこか演技めいている気がする。疑問を抱き始めている自分に、気づいていた。
「俺の選択は……間違いだったのか?」
後悔が、波のように押し寄せる。エルカミーノの笑顔を思い出す。幼い頃、庭で一緒に遊んだ日々。彼女の優しさ、賢さ、努力。
あの宴で、彼女を侮辱した言葉。「完璧だが、心を動かさない」。今思うと、残酷すぎる。あれは、自分の浮気性を正当化するための言い訳だった。
ガーラミオの存在が、ますます胸を刺す。あの冷徹な公爵子息が、エルカミーノの店に投資し、頻繁に訪れる。噂では、二人は恋人同士だという。
ルークスはワインを一気に飲み干した。胸が焼ける。
「エルカミーノ……お前は、今幸せなのか?」
彼女が式に出席する姿を想像する。美しいドレスで、ガーラミオと腕を組み、堂々と大ホールに入ってくる。成功した女性として、輝いて。
自分は、その場で彼女を見なければならない。過去の婚約者として、捨てた男として。
「くそ……」
拳を机に叩きつけた。書類が散らばる。
アルトゥーラが部屋に入ってきた。白いナイトガウン姿で、甘く寄り添う。
「殿下、どうかなさいましたか? こんな遅くまで……」
ルークスは苛立った声を抑え、笑顔を作った。
「いや、式のことで少し考え事を」
アルトゥーラは彼の胸に顔を埋め、囁く。
「私、楽しみですわ。殿下と永遠に一緒に。エルカミーノのことなんて、もう過去ですわよね?」
その言葉に、ルークスの心がざわついた。
「……ああ、そうだな」
でも、嘘だ。過去じゃない。今、胸を締めつけるのは、エルカミーノだ。
アルトゥーラは気づかず、キスを求める。ルークスは応じながら、どこか冷めている自分を感じた。
――翌朝、王宮の庭。
ルークスは一人で散歩していた。側近から届いた最新の報告書。『Rose Petal』の新店舗が、来週グランドオープン予定。ガーラミオの全面支援で、王都の女性たちの注目を集めている。
「エルカミーノ……お前は、俺を後悔させたいのか?」
呟きが風に消える。結婚式で、彼女に会う。それが怖い。輝く彼女を見て、自分の選択の愚かさを、突きつけられるのが。
後悔は、ますます深くなる。取り返しのつかないところまで、来ているのかもしれない。
――『Rose Petal』。
私はガーラミオ様と、新店舗の最終チェックをしていた。彼の腕に寄り添い、笑顔で未来を語る。
「ここがティーコーナー。もっとテーブルを増やして」
「君の夢だ。すべて叶える」
甘い時間。ルークス殿下の葛藤など、知らない。
私の心は、ガーラミオ様で満ちている。結婚式は、決戦の場。でも、勝者はすでに決まっている。
ルークスの後悔は、深まるばかり。
彼の胸の棘は、抜けなくなっている。
私の逆転は、すぐそこだ。
王宮の執務室は、夜遅くになっても灯りが消えなかった。ルークスは玉座に似た椅子に深く腰掛け、窓の外の月をぼんやりと眺めていた。机の上には結婚式の最終確認書類が山積みになっているが、手をつける気力が湧かない。
側近が控えめに声を掛けた。
「殿下、もうお休みになられた方が……明日も式の打ち合わせがございます」
ルークスは小さく手を振った。
「……少し、一人にさせてくれ」
側近が退出すると、部屋に重い静寂が戻る。ルークスは立ち上がり、ワイングラスを手に取った。深紅の液体を一口含み、苦く感じる。
結婚式まであと五日。アルトゥーラとの結婚。本来なら、王太子として喜ぶべき瞬間だ。彼女の癒しの力は王国を救い、民衆も祝福している。完璧な選択だったはずだ。
なのに、なぜ心がこんなに乱れるのか。
エルカミーノの顔が、頭から離れない。あの婚約破棄の宴で、彼女は涙一つ見せず、静かに退出した。あの時は強がりだと思った。すぐに実家に戻り、落ちぶれるだろうと。
だが、現実は違う。下町で一人店を開き、成功させている。『Rose Petal』――薔薇の花びら。女性たちの間で評判が広がり、中級貴族の奥方たちまでも通うようになった。しかも、ヴェルディアのガーラミオがパートナーとして支えている。
ガーラミオと一緒に、結婚式に出席する。
ルークスはグラスを強く握った。ガラスが軋む音がする。
「あいつは……俺がいなくても、幸せなのか」
独り言が漏れた。エルカミーノは完璧な令嬢だった。幼い頃から決まっていた婚約。彼女の努力は、すべて王太子妃になるためだった。それを、公衆の面前で捨てたのは自分だ。
アルトゥーラに出会い、一目で心を奪われた。平民出身の聖女。純粋で、癒しの力を持ち、自分を無条件に愛してくれる。運命だと信じた。
でも、最近のアルトゥーラは違う。わがままが増え、意見を曲げない。癒しの力を披露する時も、どこか演技めいている気がする。疑問を抱き始めている自分に、気づいていた。
「俺の選択は……間違いだったのか?」
後悔が、波のように押し寄せる。エルカミーノの笑顔を思い出す。幼い頃、庭で一緒に遊んだ日々。彼女の優しさ、賢さ、努力。
あの宴で、彼女を侮辱した言葉。「完璧だが、心を動かさない」。今思うと、残酷すぎる。あれは、自分の浮気性を正当化するための言い訳だった。
ガーラミオの存在が、ますます胸を刺す。あの冷徹な公爵子息が、エルカミーノの店に投資し、頻繁に訪れる。噂では、二人は恋人同士だという。
ルークスはワインを一気に飲み干した。胸が焼ける。
「エルカミーノ……お前は、今幸せなのか?」
彼女が式に出席する姿を想像する。美しいドレスで、ガーラミオと腕を組み、堂々と大ホールに入ってくる。成功した女性として、輝いて。
自分は、その場で彼女を見なければならない。過去の婚約者として、捨てた男として。
「くそ……」
拳を机に叩きつけた。書類が散らばる。
アルトゥーラが部屋に入ってきた。白いナイトガウン姿で、甘く寄り添う。
「殿下、どうかなさいましたか? こんな遅くまで……」
ルークスは苛立った声を抑え、笑顔を作った。
「いや、式のことで少し考え事を」
アルトゥーラは彼の胸に顔を埋め、囁く。
「私、楽しみですわ。殿下と永遠に一緒に。エルカミーノのことなんて、もう過去ですわよね?」
その言葉に、ルークスの心がざわついた。
「……ああ、そうだな」
でも、嘘だ。過去じゃない。今、胸を締めつけるのは、エルカミーノだ。
アルトゥーラは気づかず、キスを求める。ルークスは応じながら、どこか冷めている自分を感じた。
――翌朝、王宮の庭。
ルークスは一人で散歩していた。側近から届いた最新の報告書。『Rose Petal』の新店舗が、来週グランドオープン予定。ガーラミオの全面支援で、王都の女性たちの注目を集めている。
「エルカミーノ……お前は、俺を後悔させたいのか?」
呟きが風に消える。結婚式で、彼女に会う。それが怖い。輝く彼女を見て、自分の選択の愚かさを、突きつけられるのが。
後悔は、ますます深くなる。取り返しのつかないところまで、来ているのかもしれない。
――『Rose Petal』。
私はガーラミオ様と、新店舗の最終チェックをしていた。彼の腕に寄り添い、笑顔で未来を語る。
「ここがティーコーナー。もっとテーブルを増やして」
「君の夢だ。すべて叶える」
甘い時間。ルークス殿下の葛藤など、知らない。
私の心は、ガーラミオ様で満ちている。結婚式は、決戦の場。でも、勝者はすでに決まっている。
ルークスの後悔は、深まるばかり。
彼の胸の棘は、抜けなくなっている。
私の逆転は、すぐそこだ。
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