『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第五話 王都に走る、静かな異変

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第五話 王都に走る、静かな異変

ティモテ・ユニリーバが王都を離れてから、三日目。

王城の執務棟では、
これまで聞いたことのない種類の沈黙が広がっていた。

「……で、この案件の判断は?」

会議室でそう問いかけたのは、
アビュース・オブ・パワー王太子本人だった。

集まっていた文官たちは、
一斉に視線を伏せる。

「……いかがなさいました?」

王太子は、苛立ちを隠そうともせず、椅子に深く腰掛けた。

「いつもなら、ここで整理された案が出てくるはずだ」
「代替案は? 優先順位は? 他国への影響は?」

沈黙。

紙をめくる音すら、ない。

「……誰か、説明しろ」

重い声に、年配の文官が恐る恐る口を開いた。

「そ、その……」

言葉を選びながら、告げる。

「それらは、これまで……
ティモテ様が事前に整えておられました」

一瞬、空気が止まった。

「……は?」

王太子は、ゆっくりと顔を上げた。

「どういう意味だ」

「判断材料の整理、他案件との整合性、
貴族派閥への影響調整、
そして……殿下のご決裁前の確認まで」

文官は、声を低くする。

「すべて、ティモテ様が……」

王太子の指が、机の上で止まった。

「……それは、王太子妃候補の仕事ではないだろう」

「本来は……」

文官は、言葉を濁した。

「ですが、いつの間にか……
殿下が『これも見ておいてくれ』と仰るようになり……」

別の文官が、小さく付け加える。

「結果として、
殿下の執務の一部まで、
ティモテ様が回しておられました」

王太子の眉が、わずかに動いた。

「……だから、あいつは余裕がなかったのか」

誰も答えなかった。

それが、答えだった。

「……いや」

王太子は、首を振る。

「だからといって、
ここまで止まるはずがない」

立ち上がり、机の上の書類に目を通す。

だがそこには、
未整理の報告、判断待ちの案件、
相互に矛盾する意見書が積み上がっているだけだった。

「……なぜ、ここまで混乱している」

文官たちは、互いに視線を交わす。

そして、誰かが小さく呟いた。

「……引き継ぎが、ありませんでしたので」

「何?」

「ティモテ様は……
すべて王都に置いていかれました」

淡々とした報告。

「整理も、要点まとめも、
控え資料も……」

王太子は、書類を手に取ったまま、動かなくなった。

「……席を空けろ、と言ったのは私だ」

低く、独り言のように呟く。

「引き継ぎは不要、とも」

誰も、否定しない。

「……まさか」

王太子は、ようやく異変の正体を理解し始めた。

ティモテは、仕事を抱えていたのではない。
仕事そのものを、回していたのだ。

それも、
自分の仕事まで含めて。

「……エリーゼは?」

ふと思い出したように尋ねる。

「本日より、
殿下の公務補佐に同席しておりますが……」

文官は、言葉を切った。

「まだ、状況を把握できておられません」

王太子は、額に手を当てた。

「……慣れれば問題ない」

そう言い聞かせるように言う。

「ティモテがやっていたのなら、
誰でもできるはずだ」

その言葉に、
誰一人、同意の声を上げなかった。

沈黙が、さらに重くなる。

その頃。

王城の外では、
小さな噂が流れ始めていた。

「最近、決裁が遅いらしい」
「文官会議が、まとまらないとか」
「前は、あんなことなかったのに」

誰も、はっきりとは言わない。

だが、皆が気づき始めていた。

――何かが、確実におかしい。

そしてその中心に、
もういないはずの名前が、
否応なく浮かび上がってくる。

「……ティモテ・ユニリーバ」

王太子は、ぽつりとその名を口にした。

「……あいつは、
何をそんなに抱えていたのだ」

答えは、
もう王都のどこにもなかった。

王城の時計が、
重く、遅く、時を刻む。

こうして。

ティモテ不在の王都は、
静かに、だが確実に歯車を狂わせ始めていた。

その一方で――
当の本人は、
まだ何も知らない。

海外の空の下で、
穏やかな朝を迎えていることを。
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