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第六話 責任がないって、こんなに楽しいのね
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第六話 責任がないって、こんなに楽しいのね
魔法国家セレスタは、国境を越えた瞬間から空気が違っていた。
空に漂う微かな光。
街路を照らす灯りは、すべて魔力で調整され、昼も夜も柔らかい。
建物の壁面には装飾魔法が施され、花が咲いたように模様が浮かび上がっている。
「……綺麗」
ティモテ・ユニリーバは、素直にそう呟いた。
(視察では、何度も来た国ですけれど……)
思い出すのは、会議室の天井と、交渉用の長机。
魔法技術の輸出入条件。
王都への影響。
貴族派閥への説明文案。
(……観光した記憶、ありませんわね)
今回は違う。
書類は持っていない。
随行の文官もいない。
「成果」を求める視線もない。
ただの一旅行者として、街を歩いている。
広場では、魔法使いたちが即興の演舞を披露していた。
火花が花の形に弾け、風が音楽のように流れる。
(……これ、娯楽だったのですね)
今までなら、
「安全管理はどうなっているのか」
「事故時の責任所在は」
そんなことばかり考えていた。
だが今は、ただ眺める。
笑顔で拍手を送り、
面白ければ、もう一度立ち止まる。
それだけでいい。
露店で売られている魔法菓子を手に取る。
触れると、表面が淡く光った。
「記念にいかがですか?」
店主の声も、営業ではなく、ただの勧誘だ。
「では、ひとつ」
噛むと、中から温かな甘さが広がる。
「……美味しい」
また、余計な感想が出ない。
「改良の余地がある」とも
「輸出向きだ」とも
思わない。
(ああ……)
(考えなくていいって、こういうことですのね)
街の中央にある噴水広場では、人々が思い思いに過ごしていた。
誰も、誰かの成果を求めていない。
失敗しても、責任を押しつけられない。
ベンチに腰掛けると、
ティモテは深く息を吸った。
胸が、驚くほど軽い。
(王太子妃候補だった頃は……)
常に「次」を考えていた。
今ここにいる理由。
この行動の意味。
未来への影響。
それが――
今は、ない。
「……責任がないって」
ぽつりと、声に出す。
「こんなに楽しいのね」
誰に聞かせるでもない独り言。
だが、その言葉は確かに、心から出たものだった。
宿に戻る途中、魔法工房の前で足が止まる。
色とりどりの道具が並び、見ているだけで楽しい。
(欲しい、から入る買い物……)
今までの自分なら、
「用途」「必要性」「予算」を先に考えていた。
今日は違う。
気に入ったから、買う。
それだけ。
夜、宿の部屋で窓を開けると、
魔法灯が星のように街を照らしていた。
ベッドに腰掛け、
ティモテは小さく笑う。
(……私)
(こんな顔、いつからしていなかったのでしょう)
鏡に映る表情は、
仕事用でも、社交用でもない。
ただの、楽しんでいる顔だった。
王都では今頃、
誰かが書類を探し、
誰かが判断に迷っているかもしれない。
だが、それは――
もう、自分の責任ではない。
(ちゃんと、置いてきましたもの)
そう思うと、罪悪感よりも、安堵が勝った。
「……明日は、何をしましょう」
予定は、ない。
決裁も、ない。
誰かの期待も、ない。
それが、こんなにも心地いい。
ティモテ・ユニリーバは、
魔法国家の夜に身を委ねながら、
静かに確信していた。
――この旅は、正解だった。
そして、
働かない人生は、思っていた以上に楽しい。
次は、
海の国で、ただ美味しいものを食べるだけ。
そんな未来を思い浮かべながら、
彼女は穏やかに目を閉じた。
魔法国家セレスタは、国境を越えた瞬間から空気が違っていた。
空に漂う微かな光。
街路を照らす灯りは、すべて魔力で調整され、昼も夜も柔らかい。
建物の壁面には装飾魔法が施され、花が咲いたように模様が浮かび上がっている。
「……綺麗」
ティモテ・ユニリーバは、素直にそう呟いた。
(視察では、何度も来た国ですけれど……)
思い出すのは、会議室の天井と、交渉用の長机。
魔法技術の輸出入条件。
王都への影響。
貴族派閥への説明文案。
(……観光した記憶、ありませんわね)
今回は違う。
書類は持っていない。
随行の文官もいない。
「成果」を求める視線もない。
ただの一旅行者として、街を歩いている。
広場では、魔法使いたちが即興の演舞を披露していた。
火花が花の形に弾け、風が音楽のように流れる。
(……これ、娯楽だったのですね)
今までなら、
「安全管理はどうなっているのか」
「事故時の責任所在は」
そんなことばかり考えていた。
だが今は、ただ眺める。
笑顔で拍手を送り、
面白ければ、もう一度立ち止まる。
それだけでいい。
露店で売られている魔法菓子を手に取る。
触れると、表面が淡く光った。
「記念にいかがですか?」
店主の声も、営業ではなく、ただの勧誘だ。
「では、ひとつ」
噛むと、中から温かな甘さが広がる。
「……美味しい」
また、余計な感想が出ない。
「改良の余地がある」とも
「輸出向きだ」とも
思わない。
(ああ……)
(考えなくていいって、こういうことですのね)
街の中央にある噴水広場では、人々が思い思いに過ごしていた。
誰も、誰かの成果を求めていない。
失敗しても、責任を押しつけられない。
ベンチに腰掛けると、
ティモテは深く息を吸った。
胸が、驚くほど軽い。
(王太子妃候補だった頃は……)
常に「次」を考えていた。
今ここにいる理由。
この行動の意味。
未来への影響。
それが――
今は、ない。
「……責任がないって」
ぽつりと、声に出す。
「こんなに楽しいのね」
誰に聞かせるでもない独り言。
だが、その言葉は確かに、心から出たものだった。
宿に戻る途中、魔法工房の前で足が止まる。
色とりどりの道具が並び、見ているだけで楽しい。
(欲しい、から入る買い物……)
今までの自分なら、
「用途」「必要性」「予算」を先に考えていた。
今日は違う。
気に入ったから、買う。
それだけ。
夜、宿の部屋で窓を開けると、
魔法灯が星のように街を照らしていた。
ベッドに腰掛け、
ティモテは小さく笑う。
(……私)
(こんな顔、いつからしていなかったのでしょう)
鏡に映る表情は、
仕事用でも、社交用でもない。
ただの、楽しんでいる顔だった。
王都では今頃、
誰かが書類を探し、
誰かが判断に迷っているかもしれない。
だが、それは――
もう、自分の責任ではない。
(ちゃんと、置いてきましたもの)
そう思うと、罪悪感よりも、安堵が勝った。
「……明日は、何をしましょう」
予定は、ない。
決裁も、ない。
誰かの期待も、ない。
それが、こんなにも心地いい。
ティモテ・ユニリーバは、
魔法国家の夜に身を委ねながら、
静かに確信していた。
――この旅は、正解だった。
そして、
働かない人生は、思っていた以上に楽しい。
次は、
海の国で、ただ美味しいものを食べるだけ。
そんな未来を思い浮かべながら、
彼女は穏やかに目を閉じた。
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