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第九話 期待されない場所が、一番の休暇
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第九話 期待されない場所が、一番の休暇
商業都市アルディナを離れた翌朝、
ティモテ・ユニリーバは、少し遅めに目を覚ました。
(……起きる理由が、ありませんわね)
目覚ましも、予定もない。
「この時間までに何を終わらせる」という制約もない。
ただ、自然に目が覚めただけ。
窓を開けると、穏やかな風が入ってきた。
遠くで街が動き始める音がする。
(王都なら……)
無意識に浮かんだ比較を、
そっと押し戻す。
(今は、ここ)
それだけでいい。
朝食は宿の簡素な食事だった。
豪華ではないが、温かい。
誰かに見せる必要も、
評価される必要もない。
(……静か)
食後、特に行く場所も決めず、
町外れの小道を歩いた。
観光名所ではない。
地図にも、大きくは載らない。
だが、
人の往来が少なく、
時間がゆっくり流れている。
(……いい)
何がいいのか、説明できない。
だが、確かに心地いい。
道端に腰掛け、
ただ、雲の流れを眺める。
(今まで……)
(こういう時間を、無駄だと思っていましたわね)
何も生み出さない時間。
成果に結びつかない時間。
だから、切り捨ててきた。
(でも)
(誰にも期待されない場所では)
(何もしなくていい)
その事実が、
胸の奥に、じんわりと染みてくる。
午後は、近くの小さな湖まで足を伸ばした。
水面は穏やかで、
風が波紋を描くだけ。
(会議室の机とは、ずいぶん違いますわ)
苦笑しながら、湖畔に座る。
誰かが声をかけてくることもない。
判断を求められることもない。
ただ、
そこにいるだけ。
(……安心します)
責任がない。
期待がない。
それが、
これほど心を休ませるとは思わなかった。
夕方、宿に戻り、
簡単な夕食をとる。
「今日は、どちらへ?」
女将が何気なく聞く。
「……特に」
そう答えると、
女将は笑った。
「それが、一番いい日ですね」
その言葉に、
ティモテは小さく頷いた。
(……本当に)
夜、部屋に戻り、
ベッドに腰掛ける。
(王都では)
(常に、誰かに期待されていました)
有能であること。
失敗しないこと。
すべてを回すこと。
それが、当たり前だった。
だが今は違う。
(期待されない場所)
(責任を背負わない場所)
そこでは、
心が休める。
「……休暇って」
ぽつりと、声に出す。
「こういうものだったのですね」
眠りにつく前、
ふと、明日のことを考える。
(何をしよう)
すぐに、考えるのをやめる。
(考えなくていい)
その選択が、
こんなにも安心をくれる。
ティモテ・ユニリーバは、
ゆっくりと目を閉じた。
期待されない場所で、
何も求められない夜。
それは、
彼女にとって、
今までで一番、深い休暇だった。
そして――
この「休ませる感覚」は、
もう二度と、手放したくないものになる。
商業都市アルディナを離れた翌朝、
ティモテ・ユニリーバは、少し遅めに目を覚ました。
(……起きる理由が、ありませんわね)
目覚ましも、予定もない。
「この時間までに何を終わらせる」という制約もない。
ただ、自然に目が覚めただけ。
窓を開けると、穏やかな風が入ってきた。
遠くで街が動き始める音がする。
(王都なら……)
無意識に浮かんだ比較を、
そっと押し戻す。
(今は、ここ)
それだけでいい。
朝食は宿の簡素な食事だった。
豪華ではないが、温かい。
誰かに見せる必要も、
評価される必要もない。
(……静か)
食後、特に行く場所も決めず、
町外れの小道を歩いた。
観光名所ではない。
地図にも、大きくは載らない。
だが、
人の往来が少なく、
時間がゆっくり流れている。
(……いい)
何がいいのか、説明できない。
だが、確かに心地いい。
道端に腰掛け、
ただ、雲の流れを眺める。
(今まで……)
(こういう時間を、無駄だと思っていましたわね)
何も生み出さない時間。
成果に結びつかない時間。
だから、切り捨ててきた。
(でも)
(誰にも期待されない場所では)
(何もしなくていい)
その事実が、
胸の奥に、じんわりと染みてくる。
午後は、近くの小さな湖まで足を伸ばした。
水面は穏やかで、
風が波紋を描くだけ。
(会議室の机とは、ずいぶん違いますわ)
苦笑しながら、湖畔に座る。
誰かが声をかけてくることもない。
判断を求められることもない。
ただ、
そこにいるだけ。
(……安心します)
責任がない。
期待がない。
それが、
これほど心を休ませるとは思わなかった。
夕方、宿に戻り、
簡単な夕食をとる。
「今日は、どちらへ?」
女将が何気なく聞く。
「……特に」
そう答えると、
女将は笑った。
「それが、一番いい日ですね」
その言葉に、
ティモテは小さく頷いた。
(……本当に)
夜、部屋に戻り、
ベッドに腰掛ける。
(王都では)
(常に、誰かに期待されていました)
有能であること。
失敗しないこと。
すべてを回すこと。
それが、当たり前だった。
だが今は違う。
(期待されない場所)
(責任を背負わない場所)
そこでは、
心が休める。
「……休暇って」
ぽつりと、声に出す。
「こういうものだったのですね」
眠りにつく前、
ふと、明日のことを考える。
(何をしよう)
すぐに、考えるのをやめる。
(考えなくていい)
その選択が、
こんなにも安心をくれる。
ティモテ・ユニリーバは、
ゆっくりと目を閉じた。
期待されない場所で、
何も求められない夜。
それは、
彼女にとって、
今までで一番、深い休暇だった。
そして――
この「休ませる感覚」は、
もう二度と、手放したくないものになる。
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