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第三十三話 理解不能
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第三十三話 理解不能
アビュース・オブ・パワー王太子は、
机に肘をつき、深く頭を抱えていた。
「……意味が、分からない」
呟きは、誰に向けたものでもない。
返ってきた返書は、たった一行。
大まじめです。
怒りをぶつけたはずだった。
王太子としての権威を示したつもりだった。
少なくとも、動揺や弁明、あるいは反論の一つくらいは引き出せると考えていた。
だが、返ってきたのは否定でも謝罪でもなく、
感情すら含まれない、事実の断言。
「……なぜ、そうなる」
王太子は椅子に深く腰掛け直し、
改めて状況を整理しようとする。
婚約破棄は、正当だったはずだ。
ティモテ・ユニリーバは優秀だったが、
仕事に傾きすぎていて、
王太子妃に必要な“優雅さ”に欠けていた。
そう判断し、
より柔らかく、余裕のあるエリーゼ・レッケルを選んだ。
間違っていない。
論理としては、破綻していない。
それなのに。
仕事が回らない。
判断が遅れる。
書類が山積みになる。
そして、その原因となる存在は、
今もなお王都に戻らず、
怒りの書状にすら、真剣に向き合っていない。
「……普通なら」
普通なら、こうはならない。
追い出された立場であれば、
少しは焦る。
少しは不安になる。
あるいは、呼び戻されることに期待する。
だが、ティモテにはそれがない。
「……まるで、最初から、
王都に未練などなかったようだ」
王太子はそう呟いてから、
ふと気づく。
未練がないのではない。
そもそも、
王都に縛られていたのは、
自分のほうだったのではないか。
彼女は、
仕事を押し付けられ、
責任を背負わされ、
それでも文句一つ言わずに処理してきた。
それを「当然」だと、
自分は思っていなかったか。
「……いや」
王太子は首を振る。
それでも、理解できない。
仕事も、責任も、
すべてを手放してまで、
遊ぶという選択をするなど。
「遊ぶのが、忙しい」
その言葉が、
何度も脳裏をよぎる。
貴族としての矜持は。
家の責任は。
国への義務は。
それらをすべて上回るほど、
遊びが価値を持つなど、
王太子の価値観には存在しなかった。
「……理解が、追いつかない」
王太子は、
そう呟くことしかできなかった。
同じ頃。
ユニリーバ公爵邸では、
午後の陽射しが穏やかに差し込む中、
ティモテが長椅子に寝転がっていた。
「……今日は、少し遊びすぎましたわね」
午前は乗馬、
昼は庭園での食事、
午後はチェスとアーチェリー。
心地よい疲労が、
身体を包んでいる。
「ですが……悪くありません」
彼女は目を閉じ、
静かに微笑んだ。
王都で理解されなくても、
怒りを向けられても、
それはもう、どうでもいい。
自分は今、
自由なのだから。
アビュース・オブ・パワー王太子は、
理解できないまま立ち尽くし、
ティモテ・ユニリーバは、
何も疑わず、昼寝に入った。
その溝は、
もはや埋まることのないほど、
静かに、しかし確実に広がっていた。
アビュース・オブ・パワー王太子は、
机に肘をつき、深く頭を抱えていた。
「……意味が、分からない」
呟きは、誰に向けたものでもない。
返ってきた返書は、たった一行。
大まじめです。
怒りをぶつけたはずだった。
王太子としての権威を示したつもりだった。
少なくとも、動揺や弁明、あるいは反論の一つくらいは引き出せると考えていた。
だが、返ってきたのは否定でも謝罪でもなく、
感情すら含まれない、事実の断言。
「……なぜ、そうなる」
王太子は椅子に深く腰掛け直し、
改めて状況を整理しようとする。
婚約破棄は、正当だったはずだ。
ティモテ・ユニリーバは優秀だったが、
仕事に傾きすぎていて、
王太子妃に必要な“優雅さ”に欠けていた。
そう判断し、
より柔らかく、余裕のあるエリーゼ・レッケルを選んだ。
間違っていない。
論理としては、破綻していない。
それなのに。
仕事が回らない。
判断が遅れる。
書類が山積みになる。
そして、その原因となる存在は、
今もなお王都に戻らず、
怒りの書状にすら、真剣に向き合っていない。
「……普通なら」
普通なら、こうはならない。
追い出された立場であれば、
少しは焦る。
少しは不安になる。
あるいは、呼び戻されることに期待する。
だが、ティモテにはそれがない。
「……まるで、最初から、
王都に未練などなかったようだ」
王太子はそう呟いてから、
ふと気づく。
未練がないのではない。
そもそも、
王都に縛られていたのは、
自分のほうだったのではないか。
彼女は、
仕事を押し付けられ、
責任を背負わされ、
それでも文句一つ言わずに処理してきた。
それを「当然」だと、
自分は思っていなかったか。
「……いや」
王太子は首を振る。
それでも、理解できない。
仕事も、責任も、
すべてを手放してまで、
遊ぶという選択をするなど。
「遊ぶのが、忙しい」
その言葉が、
何度も脳裏をよぎる。
貴族としての矜持は。
家の責任は。
国への義務は。
それらをすべて上回るほど、
遊びが価値を持つなど、
王太子の価値観には存在しなかった。
「……理解が、追いつかない」
王太子は、
そう呟くことしかできなかった。
同じ頃。
ユニリーバ公爵邸では、
午後の陽射しが穏やかに差し込む中、
ティモテが長椅子に寝転がっていた。
「……今日は、少し遊びすぎましたわね」
午前は乗馬、
昼は庭園での食事、
午後はチェスとアーチェリー。
心地よい疲労が、
身体を包んでいる。
「ですが……悪くありません」
彼女は目を閉じ、
静かに微笑んだ。
王都で理解されなくても、
怒りを向けられても、
それはもう、どうでもいい。
自分は今、
自由なのだから。
アビュース・オブ・パワー王太子は、
理解できないまま立ち尽くし、
ティモテ・ユニリーバは、
何も疑わず、昼寝に入った。
その溝は、
もはや埋まることのないほど、
静かに、しかし確実に広がっていた。
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