『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第三十二話 一行の返事

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第三十二話 一行の返事

数日後、王都に戻った使者は一通の書状を携えていた。
飾り気のない封。差出人はユニリーバ公爵家。

アビュース・オブ・パワー王太子は、それを受け取ると、無言で封を切った。
中に入っていた紙は一枚だけ。
そこに書かれていた文字は、あまりにも短い。

大まじめです。

王太子は、その一行をしばらく見つめていた。
何度読み返しても、意味は変わらない。

側近が恐る恐る尋ねる。

「……それだけ、でしょうか」

「ああ。それだけだ」

机の上に置かれた書状は、軽い紙切れのはずなのに、妙に重く感じられた。
怒りをぶつけたはずなのに、受け止められた感触がない。
拒絶でも、反論でもなく、ただの事実確認。

「……理解が、追いつかん」

王太子はそう呟き、椅子にもたれた。

その頃、ユニリーバ公爵邸。

澄んだ青空の下、広い敷地の一角に設けられた射場で、ティモテ・ユニリーバは弓を構えていた。
軽装の狩猟服。動きやすさを重視した装いだ。

「風も穏やかですし、良い練習日和ですわね」

的の中央には、白い紙が貼られている。
そこに書かれた文字は、太く乱暴な筆跡。

ふざけるな。

つい先ほど届いた、王太子からの書状だった。

「……有効活用させていただきましょう」

ティモテは穏やかに微笑み、弓を引き絞る。
呼吸を整え、視線を定める。

放たれた矢は、迷いなく飛び、紙の中央を正確に射抜いた。

「お見事です」

そばで見ていた執事が、感嘆の声を漏らす。

「文字が読めなくなりましたわね」

ティモテはそう言って肩をすくめた。

「感情的な文書は、こうして的にした方が健全ですわ」

続けて二射、三射。
紙はすでに原形をとどめていない。

射終えたあと、弓を預け、木陰に用意された椅子へ腰掛ける。
冷えた飲み物を一口含み、ゆっくり息を吐いた。

「……静かですわ」

誰にも急かされず、
判断を迫られず、
責任も求められない。

そこへ執事が声をかける。

「王都への返書ですが、いかがなさいますか」

「もう決めていますわ」

ティモテは迷いなく答えた。

「一行で十分です」

「内容は?」

「大まじめです、と」

それ以上の説明は不要だった。
戻らない理由も、働かない理由も、すでに明白なのだから。

その後は、回廊でのジュ・ド・ポーム、室内でのチェス。
夕方には音楽を聴き、夜はゆっくりと食事を楽しむ。

王都では、一行の返事を前に王太子が言葉を失い、
公爵邸では、ティモテが矢を放ち、駒を進め、穏やかに笑っている。

怒りは紙切れとなり、
その紙切れは、すでに射抜かれていた。

王太子の感情は、一行で退けられ、
文字通り、的にされただけだった。
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