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第32話 名を預けるということ
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第32話 名を預けるということ
評議会でのやり取りが、静かな波紋となって王都に広がってから三日。
表立った動きはない。
だが、問い合わせの質が変わった。
「……“判断”を求められていません」
ミント・マリーベルは、届いた書簡を仕分けしながら言った。
「“確認”と“共有”が、増えています」
ナンシーが、感心したように息を吐く。
「権限を絞ったら」
「逆に、
相談が増えた?」
「はい」
ミントは、頷いた。
「決めてほしい、ではなく」
「決める前に、
間違っていないか確かめたい」
「そういう内容です」
グレイ・ローマン公爵は、静かに言った。
「……名を、
預け始めたな」
「名?」
「“判断を任せる”のではない」
「“判断に、
自分の名を添える”」
ミントは、その言葉を反芻する。
「……なるほど」
「私の名前が」
「保証の役割を、
持ち始めている」
その自覚は、重かった。
その日の午後。
王都西区の小神殿から、要請が届いた。
内容は、曖昧だが切実。
――寄進金の扱いを巡る内部対立。
――どちらの判断も、間違いとは言えない。
――第三者の視点が、欲しい。
「行きます」
ミントは、即答した。
「ただし」
「決定は、
しません」
西区小神殿。
荘厳さよりも、日常に近い場所。
祈りと生活が、混ざり合う空気。
神官と会計係が、互いに譲らぬ表情で立っていた。
「寄進金は」
会計係が言う。
「老朽化した宿舎の修繕に、
回すべきです」
「信徒の生活に直結します」
神官は、首を振る。
「だが」
「神殿の結界も、
弱っている」
「祈りの場が損なわれれば」
「信仰そのものが、
揺らぐ」
二人の主張は、どちらも正しい。
ミントは、静かに聞いていた。
やがて、口を開く。
「……質問しても、
よろしいですか」
「どうぞ」
「寄進された方々は」
「何を、
守ってほしいと願っているのでしょう」
沈黙。
会計係が、少し考え――
答える。
「……生活です」
「今日を、
無事に過ごすこと」
神官は、ゆっくりと続けた。
「……祈りです」
「明日を、
信じること」
ミントは、頷いた。
「どちらも、
必要です」
「ですから」
「優先ではなく、
順序を考えましょう」
彼女は、簡単な図を描いた。
・最低限の結界補強
・居住区の応急修繕
・次期寄進での本格対応
「今日と、
明日」
「両方を、
少しずつ守ります」
神官と会計係は、顔を見合わせ――
ゆっくりと、頷いた。
「……決定は」
神官が言う。
「私たちが、
下します」
「はい」
ミントは、微笑む。
「私は」
「選択肢を、
並べただけです」
帰路。
アルフレッドが、ぽつりと呟く。
「……今日も」
「魔法、
使ってない」
「はい」
ミントは、頷いた。
「ですが」
「名を、
預けられました」
ナンシーが、少し不安そうに言う。
「それって」
「重くない?」
「ええ」
ミントは、正直に答えた。
「でも」
「名を預ける、というのは」
「信頼を、
分け合うことです」
「独り占めしません」
「だから」
「壊れません」
その夜。
ミントは、ロシナンテの背に頬を寄せた。
「……今日は」
「少し、
疲れました」
「ヒヒン」
(意訳:当たり前)
「ふふ」
「でも」
「私は、
好きです」
「誰かの代わりに、
決めるのではなく」
「誰かと一緒に、
決めること」
ロシナンテが、静かに羽を震わせる。
「ヒヒン」
(意訳:似合う)
王都では、また一つ、
小さな争いが、静かに収まった。
英雄はいない。
奇跡もない。
だが――
名を預け、
名を返す
その往復が、
確かに、
王都を支え始めていた。
そしてミント・マリーベルは知る。
名とは、
力ではない。
責任を、
分け合うための場所なのだと。
評議会でのやり取りが、静かな波紋となって王都に広がってから三日。
表立った動きはない。
だが、問い合わせの質が変わった。
「……“判断”を求められていません」
ミント・マリーベルは、届いた書簡を仕分けしながら言った。
「“確認”と“共有”が、増えています」
ナンシーが、感心したように息を吐く。
「権限を絞ったら」
「逆に、
相談が増えた?」
「はい」
ミントは、頷いた。
「決めてほしい、ではなく」
「決める前に、
間違っていないか確かめたい」
「そういう内容です」
グレイ・ローマン公爵は、静かに言った。
「……名を、
預け始めたな」
「名?」
「“判断を任せる”のではない」
「“判断に、
自分の名を添える”」
ミントは、その言葉を反芻する。
「……なるほど」
「私の名前が」
「保証の役割を、
持ち始めている」
その自覚は、重かった。
その日の午後。
王都西区の小神殿から、要請が届いた。
内容は、曖昧だが切実。
――寄進金の扱いを巡る内部対立。
――どちらの判断も、間違いとは言えない。
――第三者の視点が、欲しい。
「行きます」
ミントは、即答した。
「ただし」
「決定は、
しません」
西区小神殿。
荘厳さよりも、日常に近い場所。
祈りと生活が、混ざり合う空気。
神官と会計係が、互いに譲らぬ表情で立っていた。
「寄進金は」
会計係が言う。
「老朽化した宿舎の修繕に、
回すべきです」
「信徒の生活に直結します」
神官は、首を振る。
「だが」
「神殿の結界も、
弱っている」
「祈りの場が損なわれれば」
「信仰そのものが、
揺らぐ」
二人の主張は、どちらも正しい。
ミントは、静かに聞いていた。
やがて、口を開く。
「……質問しても、
よろしいですか」
「どうぞ」
「寄進された方々は」
「何を、
守ってほしいと願っているのでしょう」
沈黙。
会計係が、少し考え――
答える。
「……生活です」
「今日を、
無事に過ごすこと」
神官は、ゆっくりと続けた。
「……祈りです」
「明日を、
信じること」
ミントは、頷いた。
「どちらも、
必要です」
「ですから」
「優先ではなく、
順序を考えましょう」
彼女は、簡単な図を描いた。
・最低限の結界補強
・居住区の応急修繕
・次期寄進での本格対応
「今日と、
明日」
「両方を、
少しずつ守ります」
神官と会計係は、顔を見合わせ――
ゆっくりと、頷いた。
「……決定は」
神官が言う。
「私たちが、
下します」
「はい」
ミントは、微笑む。
「私は」
「選択肢を、
並べただけです」
帰路。
アルフレッドが、ぽつりと呟く。
「……今日も」
「魔法、
使ってない」
「はい」
ミントは、頷いた。
「ですが」
「名を、
預けられました」
ナンシーが、少し不安そうに言う。
「それって」
「重くない?」
「ええ」
ミントは、正直に答えた。
「でも」
「名を預ける、というのは」
「信頼を、
分け合うことです」
「独り占めしません」
「だから」
「壊れません」
その夜。
ミントは、ロシナンテの背に頬を寄せた。
「……今日は」
「少し、
疲れました」
「ヒヒン」
(意訳:当たり前)
「ふふ」
「でも」
「私は、
好きです」
「誰かの代わりに、
決めるのではなく」
「誰かと一緒に、
決めること」
ロシナンテが、静かに羽を震わせる。
「ヒヒン」
(意訳:似合う)
王都では、また一つ、
小さな争いが、静かに収まった。
英雄はいない。
奇跡もない。
だが――
名を預け、
名を返す
その往復が、
確かに、
王都を支え始めていた。
そしてミント・マリーベルは知る。
名とは、
力ではない。
責任を、
分け合うための場所なのだと。
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