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第35話「それでも、戻らない理由」
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第35話「それでも、戻らない理由」
王都は、確実に疲弊していた。
目立った混乱はない。
暴動も、飢饉も、反乱も起きていない。
だが――
判断が、遅い。
「……この案件、
結局どうなった?」
王城政務棟、臨時会議室。
重臣の一人が、机を指で叩く。
「検討中です」
「検討は、
三日前からだ」
誰も反論できない。
理由は単純だ。
決める人間がいない。
かつては、
調整役がいた。
誰の顔を立て、
どこで線を引くか。
声を荒げず、
だが曖昧にもしない。
その役割を、
無意識に担っていた人物がいる。
――マルティナ・ヴァインベルク。
だが、
彼女の名を
口に出す者はいなかった。
それを言った瞬間、
“頼る”という選択が
現実になってしまうからだ。
「……使者を立てるか」
沈黙を破ったのは、
老臣だった。
「彼女は、
王家と距離を置いた」
「それでも、
拒絶はしていないはずだ」
若い官僚が、
躊躇いがちに言う。
「……応じてくれるでしょうか」
老臣は、
ゆっくり首を振った。
「分からん」
「だが、
応じるかどうかを
決めるのは――
彼女だ」
それが、
問題の本質だった。
一方。
マルティナ・ヴァインベルクは、
別邸で
来客を迎えていた。
王都からの正式な使者。
装束も、
態度も、
丁重そのもの。
「……王家としては、
今後の政務に関し、
助言を賜れればと」
遠回しな表現。
だが、
意味は一つ。
戻ってほしい。
マルティナは、
紅茶を一口含み、
静かに答えた。
「お断りします」
即答だった。
使者は、
一瞬だけ言葉を失う。
「理由を、
お聞かせ願えますか」
マルティナは、
少し考え――
首を傾げた。
「理由は、
とても単純です」
視線を上げ、
はっきりと言う。
「私が戻れば、
皆さまは
“考えなくなる”」
使者の表情が、
硬直する。
「それは、
悪いことではありません」
「ですが」
マルティナは、
言葉を選ばない。
「その状態を
一度、
自分たちで
是正しなければ」
「同じことを、
必ず繰り返します」
使者は、
反論できなかった。
それが、
事実だからだ。
「私は、
補助輪ではありません」
穏やかな声。
「自分で走れるようになった後なら、
意見を求められることも
あるかもしれません」
「ですが――」
一拍置く。
「今は、
違います」
使者は、
深く頭を下げた。
「……承知しました」
それ以上、
何も言わなかった。
その夜。
マルティナは、
一人、
書斎で灯りを落とす。
(戻らない理由)
それは、
恨みでも、
拒絶でもない。
(“必要とされる”ことと、
“使われる”ことは、
違う)
彼女は、
それを知ってしまった。
一方。
王城では、
使者からの報告を受け、
沈黙が落ちた。
「……断られたか」
老臣が、
小さく息を吐く。
「当然だ」
別の者が言う。
「彼女は、
正しい」
それを否定できる者は、
誰一人いなかった。
権限停止中の
オスカー・フォン・ルーヴェンは、
その話を
静かに聞いていた。
(……やはり)
彼女は、
最後まで
“判断する人間”だった。
だからこそ、
戻らない。
(俺は……)
思考を止める。
今は、
考える立場に
いない。
マルティナ・ヴァインベルクは、
王城に戻らなかった。
だが。
その不在は、
王都に
自立を強いた。
それこそが、
彼女が
残した最大の影響だった。
物語は、
次の段階へ進む。
今度は――
彼女自身が、
何を選ぶか。
王都は、確実に疲弊していた。
目立った混乱はない。
暴動も、飢饉も、反乱も起きていない。
だが――
判断が、遅い。
「……この案件、
結局どうなった?」
王城政務棟、臨時会議室。
重臣の一人が、机を指で叩く。
「検討中です」
「検討は、
三日前からだ」
誰も反論できない。
理由は単純だ。
決める人間がいない。
かつては、
調整役がいた。
誰の顔を立て、
どこで線を引くか。
声を荒げず、
だが曖昧にもしない。
その役割を、
無意識に担っていた人物がいる。
――マルティナ・ヴァインベルク。
だが、
彼女の名を
口に出す者はいなかった。
それを言った瞬間、
“頼る”という選択が
現実になってしまうからだ。
「……使者を立てるか」
沈黙を破ったのは、
老臣だった。
「彼女は、
王家と距離を置いた」
「それでも、
拒絶はしていないはずだ」
若い官僚が、
躊躇いがちに言う。
「……応じてくれるでしょうか」
老臣は、
ゆっくり首を振った。
「分からん」
「だが、
応じるかどうかを
決めるのは――
彼女だ」
それが、
問題の本質だった。
一方。
マルティナ・ヴァインベルクは、
別邸で
来客を迎えていた。
王都からの正式な使者。
装束も、
態度も、
丁重そのもの。
「……王家としては、
今後の政務に関し、
助言を賜れればと」
遠回しな表現。
だが、
意味は一つ。
戻ってほしい。
マルティナは、
紅茶を一口含み、
静かに答えた。
「お断りします」
即答だった。
使者は、
一瞬だけ言葉を失う。
「理由を、
お聞かせ願えますか」
マルティナは、
少し考え――
首を傾げた。
「理由は、
とても単純です」
視線を上げ、
はっきりと言う。
「私が戻れば、
皆さまは
“考えなくなる”」
使者の表情が、
硬直する。
「それは、
悪いことではありません」
「ですが」
マルティナは、
言葉を選ばない。
「その状態を
一度、
自分たちで
是正しなければ」
「同じことを、
必ず繰り返します」
使者は、
反論できなかった。
それが、
事実だからだ。
「私は、
補助輪ではありません」
穏やかな声。
「自分で走れるようになった後なら、
意見を求められることも
あるかもしれません」
「ですが――」
一拍置く。
「今は、
違います」
使者は、
深く頭を下げた。
「……承知しました」
それ以上、
何も言わなかった。
その夜。
マルティナは、
一人、
書斎で灯りを落とす。
(戻らない理由)
それは、
恨みでも、
拒絶でもない。
(“必要とされる”ことと、
“使われる”ことは、
違う)
彼女は、
それを知ってしまった。
一方。
王城では、
使者からの報告を受け、
沈黙が落ちた。
「……断られたか」
老臣が、
小さく息を吐く。
「当然だ」
別の者が言う。
「彼女は、
正しい」
それを否定できる者は、
誰一人いなかった。
権限停止中の
オスカー・フォン・ルーヴェンは、
その話を
静かに聞いていた。
(……やはり)
彼女は、
最後まで
“判断する人間”だった。
だからこそ、
戻らない。
(俺は……)
思考を止める。
今は、
考える立場に
いない。
マルティナ・ヴァインベルクは、
王城に戻らなかった。
だが。
その不在は、
王都に
自立を強いた。
それこそが、
彼女が
残した最大の影響だった。
物語は、
次の段階へ進む。
今度は――
彼女自身が、
何を選ぶか。
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