追放された悪役令嬢は最強魔法で復讐し、隣国王子に永遠に愛される

鷹 綾

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第6話 旅立ちの朝

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 第6話 旅立ちの朝

追放決定から三日後──公爵邸の正門前は、朝霧に包まれていた。

エメロードは、簡素な旅支度のドレスに身を包み、銀髪を一つに束ねて立っていた。宝石も豪華な装飾も一切なし。荷物は小さなトランク一つと、リアナが抱える布袋だけ。

門の外には、王宮から遣わされた監視役の騎士が二人、馬車を待機させている。辺境最北の領地「ノルドフォール」まで、護送という名目の護衛だ。

公爵家の使用人たちが、遠巻きに様子を窺っていた。かつては「エメロード様」と敬愛された視線が、今は好奇と同情、あるいは軽蔑に変わっている。

父エルグランドは姿を見せなかった。昨夜、最後の挨拶すら許されなかった。

兄ヴィクトルだけが、門の陰から出てきた。

「エメロード……」

ヴィクトルの声は掠れている。目の下に隈ができ、眠れなかったのがわかる。

エメロードは静かに微笑んだ。

「お兄様。お見送りは、無理をしなくてもよかったのに」

「馬鹿言うな。最後に、顔くらい見せずにいられるか」

ヴィクトルは一歩近づき、周囲に聞こえないよう声を潜めた。

「手紙を預かった。母上の形見の指輪と……少しの金だ。辺境で、役に立つはずだ」

小さな革袋を、エメロードの手にそっと握らせる。

「ありがとう。お兄様……本当に、ありがとう」

エメロードの瞳が、わずかに潤んだ。

しかし、すぐにそれを振り払うように、強く微笑んだ。

「私は大丈夫。生きて、必ずまた会いましょう」

ヴィクトルは唇を噛み、何かを言いかけて──結局、ただ強く頷いた。

「待ってる。いつまでも、信じてるからな」

二人は軽く抱き合い、すぐに離れた。

リアナが、エメロードの後ろで深く頭を下げる。

「ヴィクトル様……お嬢様をお守りください。私が、必ずお守りいたします」

「……頼む、リアナ。お前だけが、エメロードの味方だ」

監視騎士の一人が、馬車から声をかけた。

「エメロード様。お時間です。出立の刻限が参りました」

エメロードは頷き、ゆっくりと馬車に向かった。

扉を開ける前に、最後に一度だけ──公爵邸を見上げる。

幼い頃から過ごした、思い出の詰まった大邸宅。

舞踏会の準備に明け暮れた日々、兄と庭で遊んだ午後、母の優しい歌声が響いた音楽室。

すべてが、遠い過去のように感じられた。

「さようなら……」

小さな呟きを胸に、エメロードは馬車に乗り込んだ。

リアナも続き、扉が閉まる。

馬車がゆっくりと動き出す。

王都の石畳を踏む音が、徐々に遠ざかっていく。

窓から見える景色が、変わっていく。

華やかな王都の街並み──貴族邸が並ぶ大通り──市場の喧騒──そして、城壁の門。

門をくぐる瞬間、エメロードは静かに目を閉じた。

(これで、本当に終わりね。エメロード・フォン・エルグランドとしての人生は)

しかし、心の奥で──別の声が響く。

前世の魔導師の、冷たく強い声。

『いいえ。ここからが始まりよ』

馬車は王都を離れ、北への街道を進んだ。

道中、リアナが不安げに口を開いた。

「エメロード様……ノルドフォールは、本当に厳しい土地だと聞きます。魔物が多く、冬は雪に閉ざされ、領民もほとんど残っていないとか……」

エメロードは穏やかに微笑んだ。

「ええ、知っているわ。でも、怖くない」

「でも……!」

「リアナ。私には、力がある」

そう言って、エメロードはそっと手を掲げた。

馬車の車内、誰にも見えないように──小さな闇の蝶を召喚する。

蝶はエメロードの指先に止まり、羽を震わせた。

「この力で、領地を変えてみせる。魔物を退治し、病気を癒し、荒れ地を豊かにする」

リアナの目が見開かれる。

「お、お嬢様……これは……魔法?」

「ええ。少し、特別なのよ」

エメロードは蝶を消し、リアナの手を取った。

「あなたには、全部話すわ。私の秘密を──そして、これからすることを」

リアナは涙を浮かべながら、強く頷いた。

「何でもお供いたします。どんな道でも、エメロード様と一緒なら」

馬車はさらに北へ進む。

道は次第に荒れ、森が深くなり、魔物の気配が濃くなっていく。

監視騎士たちは、時折剣に手をやり、周囲を警戒している。

しかし、エメロードは静かに窓の外を見ていた。

(セラ……カーチス……)

(あなたたちは、私をここに追いやった)

(でも、知らないわね。この辺境が、私の舞台になることを)

夕暮れ時、最初の宿場町に着いた。

粗末な宿で一夜を明かすことになる。

部屋に入ると、エメロードはトランクを開け、中から一冊の古びた本を取り出した。

前世の記憶と共に蘇った、魔法書。

ページをめくりながら、静かに呟く。

「まずは、領地到着後にすること……魔物の巣窟を一掃して、領民の信頼を得る。それから、土壌を改善して作物を……」

計画は、すでに頭の中で完璧に描かれていた。

リアナが、温かいスープを持ってきてくれた。

「お嬢様、少しでも召し上がってください」

「ありがとう、リアナ」

スープを一口飲む。

味は薄いが、心に染みる。

夜、ベッドに横になりながら、エメロードは星空を見上げた。

宿の窓から、小さく見える星々。

(いつか、レグナムと一緒にこの星空を見る日が来るなんて……まだ、知らないけれど)

今はまだ、復讐の炎だけが胸を満たしている。

しかし、その炎の奥に──小さな、温かな光が灯り始めていた。

自分でも気づかない、希望の光。

馬車は明日も北へ向かう。

ノルドフォールまで、あと五日。

新しい人生の、最初の旅路。

エメロードは静かに目を閉じた。

夢の中で、前世の自分が微笑んでいる。

『よくぞ、ここまで来たわね』

『これから、すべてを取り戻しましょう』

朝が来る。

馬車は再び動き出す。

追放された悪役令嬢は、辺境へと旅立つ。

誰も知らない。

この旅立ちが、王国を揺るがす大逆転の、最初の第一歩であることを。

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