『婚約者に売られましたが、買い戻したのは皇帝でした ――メイド扱いのはずが、なぜか溺愛されています

鷹 綾

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第15話 初めての領地視察

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第15話 初めての領地視察

 馬車の窓から見える景色は、帝都とはまるで違っていた。

 舗装の甘い街道。ところどころに残る轍の深い跡。手入れの行き届かない畑と、修繕を待つ家屋。
 フェリス・リンクスは、それらを一つ一つ、逃さぬように目に焼き付けていた。

「……思った以上ですね」

 ぽつりと漏れた言葉は、感想というより確認に近い。

 隣に座る年配の侍女が、静かに頷いた。

「ええ。帳簿よりも、実地はさらに深刻かと」

 フェリスは、手元の書類に視線を落とす。
 徴税額は高い。だが、民の生活水準と、明らかに釣り合っていない。

(税が重いのではない……途中で抜かれている)

 数字は、嘘をつかない。

 やがて馬車は、小さな町の入口で止まった。
 粗末な門。立っている兵も、どこか疲れた顔をしている。

「フェリス・リンクスです」

 名乗ると、兵は目を見開き、慌てて姿勢を正した。

「こ、これは……! 失礼いたしました!」

 その反応だけで、この地にどれほど情報が届いていないかが分かる。

 フェリスは、穏やかに微笑んだ。

「形式は後で結構です。まずは、町を見せてください」


---

 町の中は、静かだった。

 活気がないわけではない。人は働いている。だが、どこか諦めが染みついたような空気が漂っている。

 フェリスは、歩きながら声をかけた。

「最近、困っていることはありますか?」

 最初、民は戸惑った顔を見せた。
 だが、侍女や護衛が口を挟まないのを見て、少しずつ言葉が出始める。

「税が……去年から、また上がりまして」 「修繕の願いを出しても、役所が動かないんです」 「前の領主様の代からですが……」

 前の領主。
 つまり、バロン男爵。

 フェリスは、何も言わずに聞き続けた。
 否定もしない。慰めもしない。

 ただ、記憶する。


---

 役所に入ると、空気は一変した。

 机の上に積まれた書類。だが整理は甘く、数字の整合性も取れていない。
 そして、明らかに“余分な人員”。

「……全員、ここに」

 フェリスの声に、役人たちが集まる。

「急に来られても困りますよ。ここは、我々が――」

「把握しています」

 フェリスは、遮った。

「ですから、確認します」

 机の上に帳簿を広げる。

「この支出。理由を説明してください」

 役人の一人が、口ごもる。

「そ、それは……慣例で……」

「慣例は、理由ではありません」

 静かな声だったが、場の空気が引き締まる。

「では、こちら。
 この倉庫の修繕費が三年連続で計上されていますが、現地は未修繕でした」

 沈黙。

 フェリスは、続ける。

「誰かが嘘をついています。
 それは、民ではありません」

 役人たちの顔色が変わった。


---

 その日の夕方。

 仮の執務室として用意された部屋で、フェリスは深く息を吐いた。

「……予想通り、ですね」

 侍女が、少しだけ笑う。

「初日でここまで把握なさる方は、そうおりません」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 フェリスは、ペンを取った。

「まず、税の再計算。
 次に、役所の人員整理。
 不正があった者は、調査対象に」

 淡々と指示を書き出す。

 そこに、護衛が控えめに声をかけた。

「陛下より、伝言です」

「……はい」

「“口出しはしない。だが、危険を感じたら、必ず知らせろ”と」

 フェリスは、一瞬だけ手を止め、苦笑した。

「……やはり、ずるいですね」

 自由を与え、
 責任を任せ、
 それでも、最後の一線は守る。

(でも)

 フェリスは、視線を窓の外に向けた。

(これは、私の仕事)

 売られた女だった。
 奪われた存在だった。

 けれど今は――
 この地を立て直す責任を負う者だ。

 フェリス・リンクスは、この日、確信した。

 この領地は、
 復讐の舞台ではない。

 再生の場所なのだと。

 そしてその第一歩は、
 誰かを罰することではなく、
 “嘘を見抜くこと”から始まるのだと。
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