『婚約者に売られましたが、買い戻したのは皇帝でした ――メイド扱いのはずが、なぜか溺愛されています

鷹 綾

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第27話 静かな同盟

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第27話 静かな同盟

 朝の霧が、領地の境を淡く包んでいた。

 フェリス・リンクスは、地図の上に指を置き、境界線をなぞっている。
 新聞に名が出てから、表向きの動きは減った。だが――水面下では、確実に何かが変わり始めている。

(……敵だけじゃない)

 名が独り歩きする時、近づいてくるのは反発だけではない。

 様子を見る者。
 機を待つ者。
 そして――
 組む価値があるかを測る者。


---

「領主様」

 侍女が、控えめに告げる。

「北の辺境伯代理より、非公式の使者が到着しています」

 フェリスは、すぐに理解した。

「……公式ではない、ということは」

「はい。
 “記録に残らない話”を望んでいるかと」

 フェリスは、地図から手を離した。

「通してください」


---

 応接室に現れたのは、武官然とした壮年の男だった。
 飾り気のない服装。だが、背筋と眼差しに、歴戦の気配がある。

「辺境伯代理、ローディスと申します」

「フェリス・リンクスです」

 互いに、必要最低限の礼。

「単刀直入に申し上げます」

 ローディスは、前置きを省いた。

「我々は、あなたを“危険な存在”だと見ています」

 侍女が、わずかに身構える。

 だが、フェリスは動じなかった。

「それは、光栄です」

 ローディスの口元が、わずかに緩む。

「帝国の闇に、単独で踏み込む地方領主など、
 普通は、厄介か、短命かのどちらかだ」

「……どちらでしょう」

「まだ、判断中です」

 正直な答えだった。


---

「ですが」

 ローディスは、声を低くする。

「あなたが、民を囮にしなかったこと。
 功績を独占しなかったこと。
 それらは、我々の基準を満たしています」

 フェリスは、静かに頷いた。

「何を、望まれますか」

「同盟です」

 即答だった。

「表には出ません。
 書面も、誓約もない」

 フェリスは、理解した。

 これは、信頼ではなく、賭けだ。


---

「条件は?」

 フェリスは、冷静に問う。

「情報共有。
 特に、人身売買や密輸に関する動き」

「こちらの条件は?」

「あなたの領地を、
 “踏み荒らさせない”」

 ローディスの視線は、真剣だった。

「帝都の権力争いに、
 無理に巻き込ませない」

 それは、守りであり、警告でもある。


---

 短い沈黙。

 フェリスは、立ち上がった。

「受けます」

 即断だった。

 ローディスが、目を細める。

「理由は?」

「孤立は、最大の弱点です」

 フェリスは、はっきりと言った。

「私は、強者ではありません。
 だからこそ、背中を預ける相手は選びます」

 ローディスは、深く頷いた。

「……賢明だ」


---

 握手はなかった。

 杯も、誓いの言葉もない。

 ただ――
 互いに背を向けずに帰る。

 それが、この同盟の形だった。


---

 夜。

 フェリスは、執務室で一人、灯りを落とした。

(……同盟、か)

 皇帝。
 監察局。
 そして、辺境。

 点が、線になり始めている。


---

 深夜、短い私信が届く。

> 面白い動きをしたな。
静かな同盟ほど、強い。

だが忘れるな。
同盟は、盾にも刃にもなる。



 署名――アーシュ・レーシャー。

 フェリスは、静かに紙を畳んだ。

 フェリス・リンクスは、この日、理解した。

 戦いは、
 一人で挑むものではない。

 だが――
 誰と並ぶかは、自分で選ぶ。

 その選択を誤らない限り、
 この地は、
 そして自分自身は、
 もう二度と売られはしないのだと。
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