世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第二十二話 正義の値段

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第二十二話 正義の値段

聖女マリアの名は、王都から消えた。

掲示板からも、噂話からも、そして人々の会話の端からも。公式記録に残されたのは、ただ一行――「学園付属修道院へ移送」。それが何を意味するのか、貴族なら誰もが理解していた。二度と、公の場に戻ることはない。

王都は、その決定を静かに受け入れた。怒りも歓声も起きない。すでに人々は理解していたからだ。これは処罰ではない。調停であり、損切りだった。

王家は、王太子を失い、聖女を失い、信頼を失った。
公爵家は、名誉と立場を守ったが、王家との距離を決定的に失った。
誰も勝っていない。ただ、致命的な敗北を避けただけだ。

それでも、割り切れない声は残る。

「……彼女は、そこまでの罪を犯したのか?」

その問いに正面から答えたのは、貴族院議長だった。

「彼女の罪は、行動ではない。思想だ」

議場が静まり返る。

「身分制度を理解せず、自分の言葉が誰を、どれだけ傷つけるかを考えなかった。善意であろうと無知であろうと、結果は同じだ」

「そして――その結果が、国家を傾けかけた」

それが現実だった。

正義は、個人の心に宿る限り、無害でいられる。だが、権力と結びついた瞬間、それは武器になる。聖女マリアは、それを知らなかった。だからこそ、最も危険だった。

一方、王太子ルイスの名は、いまだ王都で囁かれている。

「愚王子」「愛に溺れた男」「国を売りかけた者」

だが、本人はもう王城にはいない。廃嫡と同時に、地方の修道騎士団領へ送られた。表向きは「静養」。実態は、政治の場からの完全な排除だった。

そこで彼は、初めて知る。自分がどれほど多くの者に支えられていたかを。名だけで通っていた命令、忖度されていた言葉、王太子であるがゆえの無条件の服従。それらが、すべて消えた世界を。

「……僕は、正しいことをしたはずなのに」

夜、誰もいない部屋で彼は呟く。だが、その問いに答える者はもういない。正しいかどうかを決めるのは、彼ではなかったからだ。

同じ頃、アリエノールは公爵領で新たな条約文書に目を通していた。隣国ブリテンとの軍事・通商協定。婚約は、すでに公表されている。

王都では、それを「報復」と呼ぶ者もいる。だが、彼女自身はそう思っていなかった。

「選択ですわ」

淡々と、彼女は言う。

「王家が私を切ったのなら、私はより安全な場所を選ぶだけ」

感情ではない。合理だ。それが、公爵家の娘として生きてきた証だった。

世界は、誰かの善意で動かない。正義を掲げるなら、それに見合う責任と覚悟が必要だ。それを持たなかった者は、等しく排除される。

聖女も、王太子も。

そして、それを理解していた者だけが、次の時代へ進む。

――残酷だが、それが、現実の政治だった。
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