世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

文字の大きさ
37 / 42

第三十六話 静かなる再配置

しおりを挟む
第三十六話 静かなる再配置

王国は、音を立てずに組み替えられていった。

大規模な改革は行われていない。新法も、派手な粛清もない。だが、確実に何かが変わっていた。それは地殻変動のようなものだ。揺れは小さいが、元には戻らない。

王城では、人の配置が見直され始めていた。

表向きは「効率化」とされている。だが実態は違う。新王フィリップは、能力と忠誠を切り離して評価する方針を取ったのだ。

忠誠が高くとも、能力が足りなければ中枢から外す。
能力があっても、忠誠が曖昧なら権限を限定する。

それだけのことだが、旧来の王宮では前例がなかった。

「信用していないわけではない」

そう前置きしたうえで、フィリップは静かに告げる。

「だが、国政は信頼だけで回すものではない」

その言葉に反論する者はいなかった。反論できる者ほど、すでに配置転換の対象になっている。

かつて王太子ルイスに近かった官僚たちは、地方行政や外郭機関へと移された。追放ではない。昇進でもない。判断を下す場から外されただけだ。

彼らは気づいている。

――これは罰ではない。
――猶予だ。

一方で、これまで表に出なかった実務官が、次々と中枢に引き上げられていく。記録係、会計補佐、交渉文書の作成担当。誰もが地味で、目立たない存在だった。

だが、共通点がある。

感情で動かない。
余計な理想を持たない。
そして、約束を守る。

「この国は、静かに動く者によって支えられてきた」

フィリップは、彼らの名を一人ずつ確認しながらそう語った。

王城の外でも、同じ再配置が進んでいる。

貴族たちは、表向きは何も変えていない。だが、家宰の顔ぶれが変わり、顧問の契約が更新され、使者の選定基準が変わった。

感情論を煽る者は遠ざけられ、数字と条件を示す者が重用される。

それは、王家だけでなく、貴族社会全体の防衛反応だった。

「次に失敗すれば、家ごと沈む」

その危機感が、誰に言われるでもなく共有されている。

エノー公爵領では、さらに一歩進んだ動きが見られた。

アリエノールは、王国各地の有力家に向けて、非公式な覚書を送っている。内容は単純だ。

――支援はする。だが、条件は明文化する。
――例外は作らない。

それは冷たい宣言だったが、同時に公平でもあった。

「感情を挟まなければ、争いは減ります」

そう語る彼女に、側近は一瞬だけ複雑な表情を浮かべる。

「……王国は、少し息苦しくなりますね」

「ええ。でも、その方が壊れにくい」

理想は、美しい。
だが、理想だけで守れる国は存在しない。

地下牢では、聖女マリアが別の再配置を迎えていた。

彼女は独房から移され、監視付きではあるが、修道院の一角で奉仕作業を命じられる。裁きはまだ下っていない。だが、象徴としての役割は完全に失われた。

人々の視線は、もう彼女に向いていない。

それが何よりも堪えた。

祈りを捧げても、奇跡は起きない。
言葉を尽くしても、物語は始まらない。

彼女は、初めて理解し始めていた。

――自分は、配置されていたのだ。
――役割として。

そして今、その役割は終わった。

王国は、静かに再配置を終えつつある。

英雄はいない。
救世主もいない。
ただ、役割を理解した者だけが、それぞれの場所に収まっていく。

目立たず、誇らず、声高に語らず。

それでも歯車は回り続ける。

それが、この国が選んだ――
崩れないための、生き残り方だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

処理中です...