完璧すぎるので捨てられましたが、冷徹公爵と“白い結婚”したら元婚約者が先に壊れました

鷹 綾

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第3話 公爵領の現実は、ブラックでした

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第3話 公爵領の現実は、ブラックでした

 ――契約結婚初日。
 私は、早々に理解してしまった。

(……ここ、回ってませんわね?)

 朝食の席。
 長いテーブルに並ぶ料理は質素だが整っている。無駄はない。味も悪くない。
 けれど――

 使用人たちの動きが、明らかにおかしい。

 誰もが静かで、正確で、無表情。
 それだけなら「規律が厳しい」で済むが、問題は目の下だ。

(全員、うっすら隈が……)

 対面に座るクロード公爵は、いつも通り無表情で紅茶を飲んでいる。

「……何か?」

 視線に気づいたらしい。

「いえ。ただ、皆さんお仕事熱心ですわね」 「当然だ。怠慢は許されない」

 その言葉に、使用人たちの肩がわずかに強張った。
 あ、これ、完全に“怖い上司”だ。

「勤務時間は?」 「日の出から、業務が終わるまで」

 ……はい?

「休憩は?」 「必要に応じて」

 その“必要”を判断するのは誰か。
 答えは聞かなくても分かる。

「休日は?」 「交代制だが、実質は月に一日程度だな」

 私は、紅茶を置いた。

「――過労死、出ていません?」 「……?」

 クロードが本気で分からない顔をした。

 この人、悪意ゼロだ。
 ただ単に、“そういうもの”だと思っている。

「公爵」 「なんだ」

「ここは、ブラックですわ」

 使用人一同、息を呑んだ。
 公爵に対して、そんな言葉を使う人間はいなかったのだろう。

「……それは、褒め言葉か?」 「いいえ。真逆です」

 私は静かに言った。

「人は壊れる前に、休ませる必要があります」 「効率が落ちる」 「短期的には。長期的には、上がります」

 クロードは黙った。
 理屈は通じる相手だ。感情ではなく、数字で考える。

「具体案は?」 「あります」

 私は即答した。

「まず、勤務時間を区切ります。交代制を明確にし、休憩を義務化。次に業務マニュアルを整備。属人化をやめます」 「……仕事が遅くなる」 「最初だけですわ」

 使用人たちが、信じられないものを見る目でこちらを見ている。
 ああ、分かります。
 “夢みたいな話”に聞こえますよね。

「それと」  私は、にっこり微笑んだ。 「休日を増やします」

 その瞬間。

「……え?」

 誰かの声が、零れた。

 クロードが私を見つめる。

「君は……なぜ、そこまで?」 「私が楽をしたいからです」

 即答した。

「領地が回らなければ、私に仕事が来ます。私は怠け者ですので、最初に整えたいだけですわ」

 沈黙。
 数秒後――

「……合理的だな」

 クロードはそう言った。

 その日の午後。
 私は執務室に通された。

 積み上げられた書類の山を見て、思わず口元が引きつる。

「これ、全部公爵が?」 「そうだが」 「寝てます?」 「四時間は」

 少なすぎる。

(この人も被害者でしたのね……)

 私は袖をまくった。

「では、業務仕分けを始めましょう」 「……即日か」 「鉄は熱いうちに叩くものです」

 使用人たちは最初こそ怯えていたが、
 指示が明確になり、休憩が入り、交代が決まるにつれ、表情が変わっていった。

「……息、していいんですね」 「もちろんですわ。人間ですもの」

 夕刻。
 城内は、これまでにない静けさに包まれていた。

 クロードが、執務机から顔を上げる。

「……今日は、定時で終わった」 「奇跡ですわね」 「君のせいだ」

 責める口調ではなかった。

「どうです?」 「……悪くない」

 その言葉に、使用人たちが小さく息を吸った。
 褒め言葉だ。最大級の。

 その夜。

 用意された私の部屋は、静かで、広くて、何より――
 誰にも呼び出されない。

(……これが、平和)

 私はベッドに倒れ込み、天井を見上げた。

 追放されて。
 契約結婚して。
 気づけば、領地改革をしていた。

 でも、悪くない。

 むしろ――

(楽しいですわね、ここ)

 その頃、王都では。

「なぜ……回らない……!」

 王太子レオンハルトが、机を叩いていた。

 帳簿は合わず、行事は滞り、誰も“次に何をすべきか”を言わない。

 ――まだ、彼は気づいていない。

 “可愛げがない令嬢”が、
 どれほどの仕事を、彼の代わりにしていたのかを。


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