4 / 40
第4話 可愛げの代償
しおりを挟む
第4話 可愛げの代償
王太子執務室は、かつてないほど荒れていた。
「なぜ、まだ書類が終わっていない!」
机を叩く音が、重く響く。
レオンハルト王太子の声には、苛立ちと焦りが滲んでいた。
「で、ですが殿下……」 補佐官の一人が、青い顔で言葉を探す。 「これまで、この時期の調整案は……セレナ様が……」
「彼女はもういない!」
叫ぶように遮る。
――そうだ。追い出した。自分で。
だが、机の上に積まれた書類は、彼の自己肯定感を一切配慮してくれない。
「式典の予算が合わないのはなぜだ」 「各貴族家からの寄付額が……想定より少なく……」 「なぜだ!」 「……根回しが……」
補佐官は、口をつぐんだ。
“誰がやっていたか”を言えば、怒鳴られるのは目に見えている。
「……ミリィは?」 苛立ちを抑えるように、殿下は新しい名前を口にした。 「呼んでこい」
しばらくして、ミリィが入室する。
淡い色のドレス。少し疲れた顔。
「殿下……」 「君は“可愛げ”があるはずだろう?」
いきなり、意味不明な要求だった。
「え……?」 「貴族たちを宥めろ。君ならできるだろう。笑顔で、優しく」
ミリィは、ぎゅっと拳を握った。
「……殿下、私……帳簿も、契約も……」 「そんなものは、セレナがやっていた!」
――だからこそ、今、困っている。
その言葉は、殿下自身の胸に突き刺さったが、口には出なかった。
「私は……努力します……」
ミリィはそう言って下がった。
その背中は、小さく、頼りなかった。
翌日。
王宮の廊下では、囁き声が広がり始めていた。
「……あれ? 次の式典、日程まだ?」 「招待状、出ていないわよね」 「去年はもう届いていたのに……」
不安は、噂を生む。
噂は、不信を育てる。
そして――
「殿下、孤児院への支援金が……止まっています」 「なに?」
報告書を見て、レオンハルトは凍りついた。
「……なぜ、こんな重要な案件が、ここに……」
ページの端に、小さな注記があった。
――【要対応:殿下確認後、即決裁】
その文字は、セレナの筆跡だった。
これまで、殿下は気づかなかった。
“自分が決めている”と思っていたことの大半が、
彼女の準備と整理の上に成り立っていたことに。
「……可愛げ、だと……」
彼は、椅子に深く座り込んだ。
その頃、隣国アイゼン公爵領。
城内は、奇妙なほど穏やかだった。
「本日の業務、以上です」 「お疲れさまでした!」
夕刻、使用人たちが一斉に頭を下げる。
誰一人、疲弊した顔をしていない。
「……信じられんな」
クロードが、静かに呟いた。
「まだ三日目ですわ」 私は紅茶を口に運ぶ。 「“回る組織”は、一度回り始めると強いですの」
「君が来てから、城が静かだ」 「怒号が減っただけですわ」
彼は、少し考え込むように私を見た。
「……君は、王宮で、同じことを?」 「ええ。毎日」
ほんの一瞬。
クロードの目に、何かが宿った。
「それを……当然だと思われていた?」 「“完璧すぎて可愛げがない”そうです」
彼は、はっきりと眉をひそめた。
「馬鹿げている」 「同感ですわ」
夜。
私は自室で、久しぶりに何もしない時間を過ごしていた。
本を読み、紅茶を飲み、誰にも呼ばれない。
――可愛げの代償は、高くつく。
それを、王宮の皆様は、これから思い知ることになる。
私は、ページをめくりながら、静かに微笑んだ。
(ざまぁ、は……これからですわ)
-
王太子執務室は、かつてないほど荒れていた。
「なぜ、まだ書類が終わっていない!」
机を叩く音が、重く響く。
レオンハルト王太子の声には、苛立ちと焦りが滲んでいた。
「で、ですが殿下……」 補佐官の一人が、青い顔で言葉を探す。 「これまで、この時期の調整案は……セレナ様が……」
「彼女はもういない!」
叫ぶように遮る。
――そうだ。追い出した。自分で。
だが、机の上に積まれた書類は、彼の自己肯定感を一切配慮してくれない。
「式典の予算が合わないのはなぜだ」 「各貴族家からの寄付額が……想定より少なく……」 「なぜだ!」 「……根回しが……」
補佐官は、口をつぐんだ。
“誰がやっていたか”を言えば、怒鳴られるのは目に見えている。
「……ミリィは?」 苛立ちを抑えるように、殿下は新しい名前を口にした。 「呼んでこい」
しばらくして、ミリィが入室する。
淡い色のドレス。少し疲れた顔。
「殿下……」 「君は“可愛げ”があるはずだろう?」
いきなり、意味不明な要求だった。
「え……?」 「貴族たちを宥めろ。君ならできるだろう。笑顔で、優しく」
ミリィは、ぎゅっと拳を握った。
「……殿下、私……帳簿も、契約も……」 「そんなものは、セレナがやっていた!」
――だからこそ、今、困っている。
その言葉は、殿下自身の胸に突き刺さったが、口には出なかった。
「私は……努力します……」
ミリィはそう言って下がった。
その背中は、小さく、頼りなかった。
翌日。
王宮の廊下では、囁き声が広がり始めていた。
「……あれ? 次の式典、日程まだ?」 「招待状、出ていないわよね」 「去年はもう届いていたのに……」
不安は、噂を生む。
噂は、不信を育てる。
そして――
「殿下、孤児院への支援金が……止まっています」 「なに?」
報告書を見て、レオンハルトは凍りついた。
「……なぜ、こんな重要な案件が、ここに……」
ページの端に、小さな注記があった。
――【要対応:殿下確認後、即決裁】
その文字は、セレナの筆跡だった。
これまで、殿下は気づかなかった。
“自分が決めている”と思っていたことの大半が、
彼女の準備と整理の上に成り立っていたことに。
「……可愛げ、だと……」
彼は、椅子に深く座り込んだ。
その頃、隣国アイゼン公爵領。
城内は、奇妙なほど穏やかだった。
「本日の業務、以上です」 「お疲れさまでした!」
夕刻、使用人たちが一斉に頭を下げる。
誰一人、疲弊した顔をしていない。
「……信じられんな」
クロードが、静かに呟いた。
「まだ三日目ですわ」 私は紅茶を口に運ぶ。 「“回る組織”は、一度回り始めると強いですの」
「君が来てから、城が静かだ」 「怒号が減っただけですわ」
彼は、少し考え込むように私を見た。
「……君は、王宮で、同じことを?」 「ええ。毎日」
ほんの一瞬。
クロードの目に、何かが宿った。
「それを……当然だと思われていた?」 「“完璧すぎて可愛げがない”そうです」
彼は、はっきりと眉をひそめた。
「馬鹿げている」 「同感ですわ」
夜。
私は自室で、久しぶりに何もしない時間を過ごしていた。
本を読み、紅茶を飲み、誰にも呼ばれない。
――可愛げの代償は、高くつく。
それを、王宮の皆様は、これから思い知ることになる。
私は、ページをめくりながら、静かに微笑んだ。
(ざまぁ、は……これからですわ)
-
11
あなたにおすすめの小説
婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です
唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に
「王国の半分」を要求したら、
ゴミみたいな土地を押し付けられた。
ならば――関所を作りまくって
王子を経済的に詰ませることにした。
支配目当ての女王による、
愛なき(?)完全勝利の記録。
選ばれなくてよかったと、今は思います
たくわん
恋愛
五年間の婚約を、一夜で破棄された。
理由は「家格の不一致」。
傷ついた翌朝、私は泣くのをやめて仕事着を着た。
王立文書院の渉外部職員として、今日も書類と向き合う。それだけでいいと思っていた。
出勤すると、一枚の張り紙があった。
新長官着任。エドワード・ヴァルツ・シュタイン侯爵。
昨夜の晩餐会で、遠くに座っていた「氷の侯爵」がそのまま上司になった。
彼は口数が少なく、笑わず、感情を見せない。
でも仕事の評価だけは正確だった。
「君の報告書は読みやすい」「渉外部はあの職員が要になっている」——誰かに選ばれたくて生きてきたわけではないのに、仕事を通じて初めて、自分の輪郭がはっきりしてくる気がした。
『婚約破棄されたので北の港を発展させたら
ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。
公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。
「真実の愛を見つけた」
そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。
王都から追い出され、すべてを失った――
はずだった。
アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。
しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。
一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが――
やがてすべてが崩れ始める。
王太子は国外追放。
義妹は社交界から追放され修道院送り。
そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。
「私はもう誰のものでもありません」
これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、
王国の未来を変えていく物語。
そして――
彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。
婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―
ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。
その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。
だが、思惑はことごとく空回りする。
社交界での小さな失態。
資金繰りの綻び。
信用の揺らぎ。
そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。
決して大事件ではない。
けれど積み重なれば、笑えない。
一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。
血筋とは何か。
名乗るとは何か。
国家が守るものとは何か。
これは、派手な復讐劇ではない。
怒号も陰謀もない。
ただ――
立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。
そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。
世界は静かに、しかし確実に動いている。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』
ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」
そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。
さらに王太子は宣言する。
「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。
履行履歴も整えず、契約も軽視し、
新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。
――ですが。
契約は宣言では動きません。
信用は履歴の上にしか立ちません。
王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、
やがて止まったのは王太子の未来でした。
自ら押した承認印が、
自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。
公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。
救済なし。
やり直しなし。
契約通りに処理しただけですのに――
なぜか王太子が廃嫡されました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる