完璧すぎるので捨てられましたが、冷徹公爵と“白い結婚”したら元婚約者が先に壊れました

鷹 綾

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第5話 冷徹公爵は、意外と優しい

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第5話 冷徹公爵は、意外と優しい

 ――その朝、私は初めて「呼び出されない」ことに違和感を覚えた。

 王宮では、朝食の途中でも、紅茶が冷める前でも、必ず誰かがやってきた。
 「至急」「殿下がお呼びです」「少しだけで結構ですから」
 少しだけ、の積み重ねが一日を飲み込む。

 だが、ここでは違う。

 ノックは、きちんと三回。
 時間も、朝食後。

「セレナ様。よろしいでしょうか」

 メイド長の声は、穏やかだった。

「どうぞ」

「本日のご予定ですが……特にございません」

 ……え?

「視察も会議も?」 「公爵様より、“奥様は休養日”とのご指示です」

 私は、固まった。

「……奥様、ですか」 「はい。形式上とはいえ」

 形式上でも、守られる立場になったのは初めてだ。

 朝食後、私は中庭を歩いていた。
 風は穏やかで、鳥の声がする。

「……落ち着かない」

 何か仕事を探してしまう。
 手が空くと、不安になるのは、完全に職業病だ。

「探し物か」

 低い声が背後からした。

 クロード公爵だった。
 いつも通り無表情だが、今日は外套を羽織っている。

「いいえ。……何もしていないだけです」 「それが不満か」 「少し」

 正直に言うと、彼は短く息を吐いた。

「王宮では、休めなかったのだな」 「ええ。休むと、仕事が溜まるだけでしたから」

 彼は、しばらく黙っていた。
 そして、意外な言葉を口にする。

「……昼、城下へ出る。付き合え」 「視察ですか?」 「息抜きだ」

 息抜き。
 その単語を、私は久しぶりに聞いた。

 城下町は、静かで整っていた。
 人々は忙しそうだが、余裕がある。

「公爵様!」

 パン屋の主人が声をかける。 「今日はお一人で?」 「いや、妻とだ」

 ――妻。

 胸の奥が、きゅっと鳴った。

「奥様ですか!」 「……ええ、そうです」

 自然に答えてしまった自分に、少し驚く。

 パン屋の主人は、焼きたてのパンを差し出した。

「どうぞ。公爵様にはいつもお世話になってますから」 「代金は払う」 「いいんですって!」

 クロードは困った顔をし、結局、私の方を見る。

「……甘いのは、好きか」 「え? はい」

 彼は、迷った末に一つ、砂糖がまぶされた菓子パンを選んだ。

「これだ」 「公爵……覚えてくださったんですの?」 「昨日、紅茶に砂糖を入れていた」

 そんな小さなこと。

 なのに、胸が温かくなる。

 歩きながら、私は気づいた。
 人々が、クロードを“恐れていない”。

 敬意はあるが、距離は近い。

「……良い領主ですわ」 「評価は、住民がするものだ」

 城に戻ると、使用人たちが微笑んで迎えてくれた。

「奥様、楽しまれましたか?」 「……ええ、とても」

 夜。

 私は書斎で、何気なく帳簿を眺めていた。
 完全に無意識だった。

「休養日だ」

 クロードの声。

「……つい」 「没収する」

 彼は、帳簿を取り上げた。

「公爵!?」 「代わりに、これを」

 差し出されたのは、一冊の本。
 表紙には、旅と地理の記録。

「……娯楽、ですか」 「必要だ」

 短い言葉。でも、揺るがない。

 私は、本を受け取った。

「ありがとうございます」 「礼はいらない。――守ると決めた」

 心臓が、少し強く打った。

(……白い結婚、のはずでしたよね?)

 部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。

 今日は、誰にも追われなかった。
 誰にも、使われなかった。

 そして、誰かに――気遣われた。

 それだけで。

(……明日も、ここで生きたい)

 私は、そう思ってしまった。

 その頃、王宮では。

「殿下……公爵領から、返事がありません」 「……当然だ」

 レオンハルトは、爪を噛んだ。

 彼はまだ知らない。
 “可愛げがない”令嬢が、
 今、誰かに大切にされ始めていることを。


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