ルヴェを侮辱した義妹は宮廷を追放されました ― 王妃クシェは最高の名誉職です ―

鷹 綾

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第9話 宮廷凍結

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第9話 宮廷凍結

王妃の控室からカミーユが出ていったあと。

部屋には重たい沈黙が残っていた。

誰もすぐには動かなかった。

侍女たちも、女官たちも、まるで時間が止まったかのように立ち尽くしている。

王妃エレオノールはゆっくりと椅子に腰掛けた。

その表情は落ち着いている。

だが、侍女長は長年の経験から理解していた。

これは――

静かな怒りだ。

侍女長は跪いた。

「陛下」

王妃は紅茶を一口飲む。

そして穏やかな声で言った。

「聞こえていましたね」

「すべて」

侍女長は深く頭を下げる。

「はい」

王妃は窓の外を見た。

宮殿の庭園が広がっている。

朝の光は美しく、何事も起きていないように見える。

しかし宮廷では、今まさに大きな問題が生まれていた。

「ルヴェを侮辱するとは」

王妃は静かに言う。

「大胆な令嬢ですこと」

侍女長は答えない。

ただ黙っている。

王妃は紅茶を置いた。

「侍従長に伝えましたか」

「すでに」

侍女長が答える。

「宮廷の記録係にも連絡を入れております」

王妃は小さく頷いた。

宮廷では、儀礼に関する問題はすべて記録される。

それが秩序だからだ。

そしてその頃――

宮殿の回廊では、すでに噂が広がり始めていた。

「聞いたか?」

若い伯爵が小声で言う。

「モンフォール嬢だ」

「妹のほうだ」

隣の男が眉を上げる。

「カミーユ嬢?」

「何かあったのか」

伯爵は声をさらに落とす。

「王妃ルヴェだ」

「侮辱したらしい」

男の顔が一瞬で変わった。

「まさか」

「本当だ」

伯爵は言う。

「メイドの仕事だと言ったそうだ」

男は思わず立ち止まった。

「……愚かだ」

その言葉は小さかった。

しかし重かった。

宮廷の人間にとって、ルヴェやクシェはただの着替えではない。

王家の権威を示す儀式。

それを侮辱することは――

王家を侮辱することと同じだ。

回廊の奥から、さらに数人の貴族が歩いてくる。

そのうちの一人が言った。

「侍従長が動いた」

伯爵が振り向く。

「本当か」

「記録が回された」

それはつまり――

正式な問題になったということだ。

男は小さく息を吐いた。

「王太子殿下は何をしている」

伯爵は肩をすくめる。

「知らないのだろう」

「あるいは……」

「理解していない」

二人は黙る。

その沈黙が、すべてを語っていた。

一方。

宮殿の別の回廊では、女官たちが集まっていた。

「本当に?」

一人の女官が小声で言う。

「ルヴェを?」

別の女官が頷く。

「侍女長が怒っていた」

「王妃殿下も聞いていたらしい」

女官たちは顔を見合わせる。

「終わったわね」

その言葉は小さかった。

だが誰も否定しない。

宮廷では、知らないことが罪になる。

特に王家の儀礼に関しては。

そしてその頃。

王太子の私室では――

ルイ=フィリップが退屈そうに椅子に座っていた。

側近の青年貴族が慌てて入ってくる。

「殿下」

王太子は顔を上げる。

「どうした」

青年は言葉を選びながら言った。

「モンフォール嬢の件ですが」

王太子は笑う。

「カミーユのことか?」

「どうしたんだ」

青年は一瞬黙る。

それから言った。

「王妃ルヴェを」

「侮辱したとの報告が上がっています」

王太子は眉をひそめた。

「ルヴェ?」

「なんだそれ」

青年は言葉を失った。

王太子は笑う。

「そんなことで騒ぐのか」

「服を渡すだけの儀式だろう」

青年は静かに言った。

「殿下」

「それは宮廷の儀礼です」

王太子は肩をすくめる。

「くだらない」

「服くらい自分で着ればいい」

その言葉を聞いた青年は――

ゆっくりと目を閉じた。

今、はっきりと理解した。

この問題は。

カミーユだけでは終わらない。

王太子自身にも――

向かってくる。
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