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第5話 居場所を失った令嬢の決断
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第5話 居場所を失った令嬢の決断
翌朝、私は王立学園を離れ、公爵家の屋敷へ戻った。
馬車の窓から見える街並みは、いつもと変わらない。
けれど、その光景がひどく遠く感じられた。
(……もう、帰る場所じゃないのね)
胸の奥が、静かに痛む。
屋敷の正門をくぐった瞬間、出迎えに出た執事と使用人たちの表情で、すべてを察した。
困惑、気まずさ、そして――距離。
「お帰りなさいませ、エレナ様」
形式だけは整っている。
けれど、そこにあったはずの温度は、消えていた。
応接室に通され、待たされること数十分。
現れたのは、父と継母、そして――ミリアだった。
「エレナ」
父は、私を見るなり深く溜息をついた。
「今回の件……王家から正式に連絡があった」
その言葉だけで、十分だった。
「婚約破棄は、決定事項だ。これ以上、波風を立てるな」
「……理由も、聞かれないのですね」
静かに問い返すと、父は眉をひそめた。
「今さら何を言う。聖女であるミリアを疑ったこと、それ自体が問題だ」
――やっぱり。
私は、隣に座るミリアを見た。
彼女は俯き、申し訳なさそうな表情を作っている。
「お父様……お姉様を責めないでください。私が、私が至らなかったせいで……」
その声音は、柔らかく、優しい。
けれど、その裏にあるものを、私はもう知っている。
「……エレナ」
継母が、慎重な口調で続けた。
「あなたは公爵家の名を傷つけてしまったのよ。このまま屋敷に置くわけにはいかないわ」
はっきりとした、拒絶。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
「ミリアは聖女として、これから王国に必要な存在になる。……分かるでしょう?」
分かる。
とても、よく。
私は、この家にとって――もう“不要”なのだ。
「……つまり、追い出す、と」
「言葉を選びなさい」
父の声は低かった。
「しばらく、静養という形で屋敷を離れてもらう。世間体もある」
静養。
都合のいい言葉だ。
私は、ふっと小さく息を吐いた。
――怒りは、なかった。
悲しみも、思ったより薄い。
代わりにあったのは、妙なほどの納得だった。
「……分かりました」
その返事に、三人が一斉に私を見る。
「エレナ……?」
「お父様のご判断に、従います」
私は立ち上がり、静かに頭を下げた。
「ただし、一つだけお願いがあります」
父が、警戒するように目を細める。
「私に与えられている、最低限の持参金。それと、個人名義の蔵書と研究資料を持たせてください」
「研究……?」
「ええ。私の趣味ですから」
それ以上は、説明しない。
沈黙の後、父は渋々頷いた。
「……許可しよう。ただし、二度と王都に戻るな」
その言葉が、決定打だった。
私は、もう一度だけ頭を下げる。
「――今まで、お世話になりました」
部屋を出るとき、ミリアと視線が合った。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
彼女の唇が、わずかに笑った気がした。
(……ええ、そうよね)
これで、彼女の勝ち。
少なくとも、今は。
自室に戻り、最低限の荷物をまとめる。
本、ノート、前世知識を書き留めた覚え書き。
そして、鏡の前に立つ。
「……私は、捨てられたんじゃない」
小さく、呟く。
「――自分で、出ていくの」
この家にいれば、いずれ処刑ルートに引き戻される。
監視され、利用され、最後は切り捨てられる。
ならば――。
(独り立ちする)
頼らない。
縋らない。
自分の力で、生き延びる。
胸の奥で、あの“力”が静かに応えた。
私は、窓を開け、外の空気を吸い込む。
「……待ってなさい」
誰に向けた言葉かは、分からない。
王太子か。
聖女か。
それとも、用意された運命そのものか。
ただ一つ、確かなことがある。
この日――
エレナ・フォン・ローレンツは、公爵令嬢であることをやめた。
そして同時に、
自分の人生を取り戻すための一歩を、確かに踏み出したのだった。
翌朝、私は王立学園を離れ、公爵家の屋敷へ戻った。
馬車の窓から見える街並みは、いつもと変わらない。
けれど、その光景がひどく遠く感じられた。
(……もう、帰る場所じゃないのね)
胸の奥が、静かに痛む。
屋敷の正門をくぐった瞬間、出迎えに出た執事と使用人たちの表情で、すべてを察した。
困惑、気まずさ、そして――距離。
「お帰りなさいませ、エレナ様」
形式だけは整っている。
けれど、そこにあったはずの温度は、消えていた。
応接室に通され、待たされること数十分。
現れたのは、父と継母、そして――ミリアだった。
「エレナ」
父は、私を見るなり深く溜息をついた。
「今回の件……王家から正式に連絡があった」
その言葉だけで、十分だった。
「婚約破棄は、決定事項だ。これ以上、波風を立てるな」
「……理由も、聞かれないのですね」
静かに問い返すと、父は眉をひそめた。
「今さら何を言う。聖女であるミリアを疑ったこと、それ自体が問題だ」
――やっぱり。
私は、隣に座るミリアを見た。
彼女は俯き、申し訳なさそうな表情を作っている。
「お父様……お姉様を責めないでください。私が、私が至らなかったせいで……」
その声音は、柔らかく、優しい。
けれど、その裏にあるものを、私はもう知っている。
「……エレナ」
継母が、慎重な口調で続けた。
「あなたは公爵家の名を傷つけてしまったのよ。このまま屋敷に置くわけにはいかないわ」
はっきりとした、拒絶。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
「ミリアは聖女として、これから王国に必要な存在になる。……分かるでしょう?」
分かる。
とても、よく。
私は、この家にとって――もう“不要”なのだ。
「……つまり、追い出す、と」
「言葉を選びなさい」
父の声は低かった。
「しばらく、静養という形で屋敷を離れてもらう。世間体もある」
静養。
都合のいい言葉だ。
私は、ふっと小さく息を吐いた。
――怒りは、なかった。
悲しみも、思ったより薄い。
代わりにあったのは、妙なほどの納得だった。
「……分かりました」
その返事に、三人が一斉に私を見る。
「エレナ……?」
「お父様のご判断に、従います」
私は立ち上がり、静かに頭を下げた。
「ただし、一つだけお願いがあります」
父が、警戒するように目を細める。
「私に与えられている、最低限の持参金。それと、個人名義の蔵書と研究資料を持たせてください」
「研究……?」
「ええ。私の趣味ですから」
それ以上は、説明しない。
沈黙の後、父は渋々頷いた。
「……許可しよう。ただし、二度と王都に戻るな」
その言葉が、決定打だった。
私は、もう一度だけ頭を下げる。
「――今まで、お世話になりました」
部屋を出るとき、ミリアと視線が合った。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
彼女の唇が、わずかに笑った気がした。
(……ええ、そうよね)
これで、彼女の勝ち。
少なくとも、今は。
自室に戻り、最低限の荷物をまとめる。
本、ノート、前世知識を書き留めた覚え書き。
そして、鏡の前に立つ。
「……私は、捨てられたんじゃない」
小さく、呟く。
「――自分で、出ていくの」
この家にいれば、いずれ処刑ルートに引き戻される。
監視され、利用され、最後は切り捨てられる。
ならば――。
(独り立ちする)
頼らない。
縋らない。
自分の力で、生き延びる。
胸の奥で、あの“力”が静かに応えた。
私は、窓を開け、外の空気を吸い込む。
「……待ってなさい」
誰に向けた言葉かは、分からない。
王太子か。
聖女か。
それとも、用意された運命そのものか。
ただ一つ、確かなことがある。
この日――
エレナ・フォン・ローレンツは、公爵令嬢であることをやめた。
そして同時に、
自分の人生を取り戻すための一歩を、確かに踏み出したのだった。
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