婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第29話 残された歪みの行き先

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第29話 残された歪みの行き先

 日常は、思ったよりも早く戻ってきた。

 ギルドの掲示板は再び依頼で埋まり、
 冒険者たちは報酬の話に一喜一憂している。

 表向きには――
 回復薬騒動は、収束した。

(……でも)

 私は、街を歩きながら、足元の石畳を見つめていた。

 事件が終わった時、
 本当に厄介なのは、
 “残された歪み”だ。

 止められた流通。
 消えた商人。
 処罰された下請け工房。

 それらはすべて、末端。

(上は、切られていない)

 昼過ぎ、私は薬草店に立ち寄った。

「いらっしゃい……ああ、あんたか」

 顔なじみの店主が、苦笑する。

「最近、仕入れが変わったな」

「……変わりましたね」

 棚に並ぶ薬草は、質が悪くない。
 だが、価格が高い。

「王都が卸を一斉に絞ったからな。
 正規品だけにした、って話だ」

 正しい。
 けれど――。

(“選別”は、必ず不満を生む)

 私は、薬草を買い、店を出た。

 裏通りに差し掛かったところで、
 小さな声が耳に届く。

「……本当に、これで良かったのか?」

 振り返ると、
 数人の若い冒険者が、ひそひそと話している。

「安い回復薬が消えて、
 結局、俺たちが困ってる」 「正規品、高すぎるんだよ……」

 ――来ている。

 不満は、溜まっている。

 その不満が向かう先は、
 犯人ではない。

(……“正義”だ)

 私は、何も言わず、その場を離れた。

 夕方、ルーカスと合流する。

「……空気が、変わってきていますね」

 私がそう言うと、
 彼は静かに頷いた。

「不満が、別の形で溜まり始めている」

「次は、“締め付けすぎだ”という声」

「その通りだ」

 ルーカスは、腕を組む。

「正しい対処ほど、
 時間が経つと嫌われる」

 苦い現実。

「……誰かが、
 それを利用します」

 私の言葉に、
 ルーカスの表情が引き締まる。

「王都内部だな」

「ええ。
 今回の件で、
 “聖女路線”が潰れた人たち」

 象徴を失った者たちは、
 別の旗を立てる。

 ――不満という旗を。

「彼らは、
 “民の声”を使う」

 私は、そう断言した。

「回復薬事件は終わった。
 でも、“怒りの行き先”は、まだ決まっていない」

 沈黙。

 夕暮れの風が、
 外套の裾を揺らす。

「……どうする?」

 ルーカスが、静かに問う。

 私は、少し考えてから答えた。

「まだ、動きません」

「また沈黙か」

「ええ」

 私は、はっきりと言った。

「不満は、
 放っておくと暴発する。
 でも、誘導すれば、形になる」

 ルーカスの視線が、鋭くなる。

「誰が?」

「……現場です」

 冒険者。
 薬師。
 商人。

 声を上げるべきは、
 王都でも、聖女でもない。

「必要なのは、
 新しい象徴じゃありません」

 私は、静かに言う。

「選択肢です」

 高い回復薬しかない、という状況。
 それが、不満を生んでいる。

(なら)

(別の道を、作る)

 宿へ戻り、
 私は机に向かい、ノートを開いた。

 新しい項目を書く。

『簡易回復薬
 低コスト
 効果限定
 安全性最優先』

 派手な効き目は、要らない。
 奇跡も、要らない。

 不満を飲み込める、現実的な答え。

 それがなければ、
 歪みは、必ず別の形で噴き出す。

 ペンを置き、深く息を吐く。

「……まだ、終わらせない」

 回復薬事件は、確かに一区切りついた。

 けれど――
 その余波は、
 次の問題を、すでに呼び寄せている。

 残された歪みの行き先を、
 誰かが決めなければならない。

 私は、静かに立ち上がった。

 次にやるべきことは、
 もう、はっきりしている。

 正しさではなく、
 続けられる現実を作ること。

 それこそが、
 今の私にしかできない役割だった。
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