『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第7話 隣国での出会い──宰相補佐アイオン

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◆第7話 隣国での出会い──宰相補佐アイオン

隣国ヴァルメルへ向かう馬車は、午後の柔らかな風を受けながら進んでいた。

エヴァントラは揺れる窓辺に手を添え、静かに外を眺める。

(さて……“即時来訪”とはどういうつもりかしら。
 内容は国政に無関係、と書いてあったけれど)

あの国がわざわざ異国の令嬢を呼ぶなど、謎だらけだ。

──だが、理由がわからないのに不安を感じないのは、自分でも変だと思う。

(……あの署名に、見覚えがあるからかしら)

論文の筆致は鋭く、論理は美しい。
誤差を嫌う人間にしか書けない“強い言葉”だった。

ベルクラウス家。
ヴァルメル王家を支える名家。
その次男が、アイオン・ベルクラウス。

そして──
馬車が止まった。


---

停留所の前に、黒い外套を羽織った青年が一人、静かに立っていた。

背は高く姿勢は整い、無駄な動きがひとつもない。
灰青色の瞳は深い湖のようで、どこか冷たさと理性を湛えている。

ただし──
エヴァントラを視界に捉えた瞬間、
その瞳だけがかすかに揺れた。

「……フェルメリア・エヴァントラ様で間違いありませんか」

声は低く、澄んでいる。
そして驚くほど丁寧だった。

エヴァントラは軽く礼を返す。

「はい。あなたが……ベルクラウス家の」

青年は胸に手を当て、正式に名乗った。

「宰相補佐、アイオン・ベルクラウスと申します。
突然の手紙、失礼しました。どうかお許しを」

エヴァントラ(……思ったより“真面目”な方ですわね)

彼の文章から受ける印象通り、
必要以上の言葉を使わない人物のようだ。

けれど──
アイオンは彼女の瞳を見た瞬間、胸の奥で何かが跳ねたのを自覚していた。

(……この方が、あの“王国の影の支え手”か)

噂で聞いていた。
論理の塊のような王国を、ほぼ一人で回し続けていた天才令嬢。

実物は──
噂より静かで、噂より優雅で、噂より淡々としていて。
なぜか目を離すと消えてしまいそうなほど儚い。

その矛盾が、妙に心に刺さった。

アイオンは馬車に手を差し出した。

「こちらへ。
……いえ、失礼。無理に手を取る必要はありません。ただの形式です」

(なんて不器用なのかしら)

エヴァントラは微笑み、小さく首を振った。

「お気遣いなく。必要ありませんわ」

「……承知しました」

微妙に落ち込むアイオン。
不器用すぎて愛しい……という感想が読者に湧きやすい場面である。


---

歩きながら、アイオンは本題を切り出した。

「あなたをお呼びした理由ですが──
“保護” です」

その一言に、エヴァントラは瞬きした。

「保護……?」

「はい。あなたの母国は現在、不安定です。
あなたが王宮を離れたことで、近いうちに責任転嫁が始まる可能性が高い」

(……まあ、そうでしょうね)

「そこで我が国としては、あなたを“友好保護対象”とし──
安全な居住地を提供したいと考えています」

「……なるほど」

エヴァントラは歩きながら、淡々と評価していた。

(合理的な判断ですわね。わたくしを保護すれば、情勢を読む材料にもなる)

だが。

アイオンはそこで、ほんの少しだけ視線をそらし──
低い声で続けた。

「それと……我が国であなたのような人材を見逃すのは……非常に惜しい」

エヴァントラ「?」

アイオンは耳が赤い。

「……いえ。
 個人的に、あなたを……その……」

(何?スカウト?それとも……?)

しばし沈黙。

そしてアイオンは爆発するように言った。

「……と、とにかく、我が国に滞在していただければ助かります!!!」

エヴァントラ(不器用すぎません!?)

その瞬間──
彼の“あまりに真っ直ぐな不器用さ”が、ふっと心を軽くした。

王国にはいなかったタイプだ。
計算も嘘もなく、
ただ“必要だ”と言ってくれる人間。

(……少し、面白いかもしれませんわね)

エヴァントラは清々しい表情で答えた。

「わかりました。しばらく滞在させていただきますわ」

アイオンの肩が小さく落ち、安堵が滲んだ。

「……ありがとうございます。
あなたを必ず守ります、フェルメリア様」

その宣言は、どこか誓いのようで。

エヴァントラの胸が、わずかに熱くなるのを自覚した。

──これが、“隣国の宰相補佐”との最初の一歩。

そして二人の未来が、静かに動き始めた瞬間だった。


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