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第6話 エヴァントラ、自主的追放。──そして隣国からの招待状
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◆第6話 エヴァントラ、自主的追放。──そして隣国からの招待状
王宮を辞した翌朝。
まだ陽が昇りきらない時間帯、
エヴァントラは静かに自室を片づけ、最小限の荷物をまとめていた。
公爵家に戻るつもりはない。
そしてもちろん、この国に留まる理由もない。
「……案外、荷物なんて少ないものね」
趣味は読書、仕事は王太子の尻拭い。
贅沢に興味もなく、物を持つ習慣もない。
本棚を指でなぞると、長年使った机がやけに軽く見えた。
ノックが響く。
「フェルメリア様……失礼いたします……!」
顔を出したのは、元侍女のメルトだった。
目元は泣き腫らして赤い。
「本当に……本当に行ってしまわれるのですか……?」
「ええ。あなたまでついて来る義務はありませんわ、メルト。
ここでの生活を続けてちょうだい」
「ですが……! フェルメリア様のいない王宮なんて……!」
その言葉にエヴァントラは優しく微笑む。
「大丈夫よ。わたくしがいなくても世界は回りますわ」
(……回らせる気があるかどうかは、あの殿下次第ですけれど)
メルトは唇を噛みしめ、涙をぽろりとこぼした。
「わたし……絶対に、フェルメリア様の偉大さを国中に伝えます……!」
「そんな布教活動をする必要は……」
「あると思いますッ!」
(気持ちはありがたいけれど、やめてほしいのですけれど……)
エヴァントラは苦笑しつつも抱きしめてあげた。
---
その頃、王城の別区画では──
国王アクトロスが頭を抱えていた。
「……フェルメリア嬢が辞めたことで、ここまで国が機能不全になるとは……」
文官長が机を叩く。
「殿下は、“アイラ様の感性で政治を!”と……意味不明な……!」
「意味不明だ……」
二人は遠い目になった。
国王はため息をつく。
「せめて……せめて、戻ってきてもらえないか。
あの子がいないと国政が崩れる……!」
文官長は首を横に振った。
「フェルメリア様は、“自由を選ぶ”とおっしゃいました。
もはや慰留不可能です……」
絶望が王の背に重くのしかかった。
---
王宮の門へ向かうエヴァントラ。
見送りに集まった文官・侍女・兵士たちは、
皆、一様に沈んだ顔をしていた。
「フェルメリア様、どうか……お元気で」
「あなたのいない王国など……」
「せめて、どこかで幸せに……!」
エヴァントラは申し訳なさを感じつつも、
深く礼をして言った。
「皆さま、本当にありがとうございました。
これからは……わたくし自身の人生を大切にいたしますわ」
そしてエヴァントラは門をくぐり──
王国を静かに後にした。
---
その足で向かったのは、街の外れにある馬車停留所だった。
隣国へ向かう定期馬車。
その掲示板に、見覚えのない紙が貼られている。
エヴァントラは手に取って目を通した。
“フェルメリア・エヴァントラ様
──あなたに、隣国ヴァルメルより非公式の招待を送ります。
事情あって即時来訪を願いたい。
内容は、そちらの国政には関係ありません。
ヴァルメル宰相補佐 アイオン・ベルクラウス”
「……?」
国政に関係ないのに“即時来訪”とは奇妙だ。
しかしそれ以上に──
署名に見覚えがあった。
「……ベルクラウス?」
たしか、以前の学会で見た名前。
無駄のない論文を書く、非常に理性的な学者兼官僚。
“好奇心”という言葉をあまり使わない彼女だったが、
エヴァントラはその時だけ、わずかに胸の奥がざわついた。
「……まあ。行ってみましょうか」
王国に未練はない。
行く先も、まだ決めていなかった。
馬車が動き出す。
王国と距離が離れるにつれ、エヴァントラの心は軽くなる。
「自由……。これほど清々しいものなのね」
──その自由が、隣国で“白い結婚”という形になるなど
彼女はまだ想像もしなかった。
王宮を辞した翌朝。
まだ陽が昇りきらない時間帯、
エヴァントラは静かに自室を片づけ、最小限の荷物をまとめていた。
公爵家に戻るつもりはない。
そしてもちろん、この国に留まる理由もない。
「……案外、荷物なんて少ないものね」
趣味は読書、仕事は王太子の尻拭い。
贅沢に興味もなく、物を持つ習慣もない。
本棚を指でなぞると、長年使った机がやけに軽く見えた。
ノックが響く。
「フェルメリア様……失礼いたします……!」
顔を出したのは、元侍女のメルトだった。
目元は泣き腫らして赤い。
「本当に……本当に行ってしまわれるのですか……?」
「ええ。あなたまでついて来る義務はありませんわ、メルト。
ここでの生活を続けてちょうだい」
「ですが……! フェルメリア様のいない王宮なんて……!」
その言葉にエヴァントラは優しく微笑む。
「大丈夫よ。わたくしがいなくても世界は回りますわ」
(……回らせる気があるかどうかは、あの殿下次第ですけれど)
メルトは唇を噛みしめ、涙をぽろりとこぼした。
「わたし……絶対に、フェルメリア様の偉大さを国中に伝えます……!」
「そんな布教活動をする必要は……」
「あると思いますッ!」
(気持ちはありがたいけれど、やめてほしいのですけれど……)
エヴァントラは苦笑しつつも抱きしめてあげた。
---
その頃、王城の別区画では──
国王アクトロスが頭を抱えていた。
「……フェルメリア嬢が辞めたことで、ここまで国が機能不全になるとは……」
文官長が机を叩く。
「殿下は、“アイラ様の感性で政治を!”と……意味不明な……!」
「意味不明だ……」
二人は遠い目になった。
国王はため息をつく。
「せめて……せめて、戻ってきてもらえないか。
あの子がいないと国政が崩れる……!」
文官長は首を横に振った。
「フェルメリア様は、“自由を選ぶ”とおっしゃいました。
もはや慰留不可能です……」
絶望が王の背に重くのしかかった。
---
王宮の門へ向かうエヴァントラ。
見送りに集まった文官・侍女・兵士たちは、
皆、一様に沈んだ顔をしていた。
「フェルメリア様、どうか……お元気で」
「あなたのいない王国など……」
「せめて、どこかで幸せに……!」
エヴァントラは申し訳なさを感じつつも、
深く礼をして言った。
「皆さま、本当にありがとうございました。
これからは……わたくし自身の人生を大切にいたしますわ」
そしてエヴァントラは門をくぐり──
王国を静かに後にした。
---
その足で向かったのは、街の外れにある馬車停留所だった。
隣国へ向かう定期馬車。
その掲示板に、見覚えのない紙が貼られている。
エヴァントラは手に取って目を通した。
“フェルメリア・エヴァントラ様
──あなたに、隣国ヴァルメルより非公式の招待を送ります。
事情あって即時来訪を願いたい。
内容は、そちらの国政には関係ありません。
ヴァルメル宰相補佐 アイオン・ベルクラウス”
「……?」
国政に関係ないのに“即時来訪”とは奇妙だ。
しかしそれ以上に──
署名に見覚えがあった。
「……ベルクラウス?」
たしか、以前の学会で見た名前。
無駄のない論文を書く、非常に理性的な学者兼官僚。
“好奇心”という言葉をあまり使わない彼女だったが、
エヴァントラはその時だけ、わずかに胸の奥がざわついた。
「……まあ。行ってみましょうか」
王国に未練はない。
行く先も、まだ決めていなかった。
馬車が動き出す。
王国と距離が離れるにつれ、エヴァントラの心は軽くなる。
「自由……。これほど清々しいものなのね」
──その自由が、隣国で“白い結婚”という形になるなど
彼女はまだ想像もしなかった。
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