完璧すぎる令嬢は婚約破棄されましたが、白い結婚のはずが溺愛対象になっていました

鷹 綾

文字の大きさ
13 / 40

第13話 距離が近すぎる

しおりを挟む
第13話 距離が近すぎる

 それは、ほんの些細な違和感から始まった。

 グラナート公爵家での生活は、相変わらず静かで秩序立っている。
 問題は起きず、衝突もなく、契約は完璧に守られていた。

 ――守られている、はずだった。

 ヴェルティア・フォン・グラナートは、自室の書斎で書類を整理しながら、ふとペンを止めた。

(……最近)

 考えようとして、言葉にならない。

 正確には、“何かが増えている”。

 それは干渉ではない。
 命令でも、束縛でもない。

 けれど、確実に――距離が縮まっている。

 午前中、執務室。

「この案件だが」

 セーブルは、いつものように淡々と書類を差し出してきた。

「今日中に方向性を決めたい」

「承知しました」

 それ自体は、これまでと変わらない。

 だが。

「……昼食は、こちらで取る」

「え?」

 ヴェルティアは、思わず顔を上げた。

 セーブルは、すでに別の書類に視線を戻している。

「話が長くなる。移動は非効率だ」

 合理的な理由。
 彼らしい言い方。

「……分かりました」

 断る理由は、ない。
 だが、胸の奥で、小さな引っかかりが生まれる。

(以前は、こうじゃなかった)

 これまでは、必要な時だけ呼ばれ、終わればそれぞれの場所に戻っていた。

 だが最近は――。

「公爵夫人、こちらを」

 執事が運んできた昼食は、二人分だった。

 向かい合って食事を取る。

 会話は、最低限。
 だが、沈黙は気まずくない。

 ヴェルティアは、無意識のうちに気づいてしまった。

(……彼、私のペースに合わせている)

 食事の進み具合。
 話しかけるタイミング。
 すべてが、自然に噛み合っている。

(……偶然では、ない)

 午後も、その流れは続いた。

「この資料だが」

「こちらの方が、長期的には安定します」

「同意する」

 短い応酬。
 判断は早く、修正も的確。

 そして、いつの間にか。

「――今日は、ここまでにしよう」

 セーブルがそう言ったとき、外はすでに夕暮れだった。

「……もう、こんな時間」

「集中しすぎたな」

 その言葉に、ヴェルティアは一瞬だけ言葉を失う。

(“一緒に”集中していた、という認識)

 契約上、彼女は“補助的存在”ではない。
 だが、今のやり取りは、まるで――。

(共同作業)

 それは、対等であるがゆえに、危うい。

 夕刻、庭園。

 ヴェルティアは、頭を整理するために外に出ていた。

(距離が、近い)

 そう感じる理由は、はっきりしている。

 セーブルは、彼女を管理しようとはしない。
 束縛もしない。
 だが、無意識に――“囲っている”。

 それは、契約違反ではない。
 むしろ、契約を守った結果として生じた距離感だった。

「……考えすぎ、かしら」

 そう呟いたとき。

「一人か」

 背後から、聞き慣れた声。

 振り向くと、セーブルが立っていた。

「気分転換だ」

「そうか」

 それだけで、自然に隣を歩き始める。

 沈黙。
 だが、不思議と落ち着く。

「……一つ、確認したいことがあります」

 ヴェルティアは、意を決して口を開いた。

「何だ」

「私たちの関係は……契約通り、ですよね」

 一瞬、空気が張り詰める。

 セーブルは、足を止めた。

「当然だ」

 即答。

「互いに干渉しない。
 それが前提だ」

 その言葉に、ヴェルティアは安堵すべきだった。

 だが。

「ただし」

 続く言葉に、胸がわずかに強張る。

「合理性の範囲で、最適解を選んでいるだけだ」

「……最適解?」

「君と行動する方が、判断が早い」

 淡々とした声。
 だが、そこに迷いはない。

「信頼できる相手と組むのは、合理的だ」

 その言葉は、論理として正しい。
 けれど。

(それが……一番、危ない)

 信頼は、距離を縮める。

 しかも、彼の場合――自覚がない。

「……分かりました」

 ヴェルティアは、それ以上踏み込まなかった。

 踏み込めば、線を越える。

 夜。

 それぞれの部屋に戻る前、廊下ですれ違う。

「明日は、外出の予定がある」

 セーブルが言う。

「同席を求める」

 それは、命令ではない。
 だが、断る前提でもない。

「……承知しました」

 そう答えた自分に、ヴェルティアは内心で苦笑する。

(……慣れている)

 いつの間にか、この距離感に。

 自室に戻り、ベッドに腰を下ろす。

(白い結婚)

 感情のない契約。
 合理的な関係。

 そのはずなのに。

(どうして、こんなに自然なの)

 干渉はない。
 束縛もない。

 それでも、生活の中に、確実に“彼”がいる。

 ヴェルティア・フォン・グラナートは、まだ認めていない。

 だが、この時点で――
 白い結婚の「線引き」は、すでに揺らぎ始めていた。

 そして次に揺れるのは、
 彼女ではなく――
 合理性しか見ていなかった、セーブル自身である。


-
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます

タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、 妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。 家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、 何もなく、誰にも期待されない北方辺境。 そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】有能外交官はドアマット夫人の笑顔を守りたい

堀 和三盆
恋愛
「まあ、ご覧になって。またいらしているわ」 「あの格好でよく恥ずかしげもなく人前に顔を出せたものねぇ。わたくしだったら耐えられないわ」 「ああはなりたくないわ」 「ええ、本当に」  クスクスクス……  クスクスクス……  外交官のデュナミス・グローは赴任先の獣人国で、毎回ボロボロのドレスを着て夜会に参加するやせ細った女性を見てしまう。彼女はパルフォア・アルテサーノ伯爵夫人。どうやら、獣人が暮らすその国では『運命の番』という存在が特別視されていて、結婚後に運命の番が現れてしまったことで、本人には何の落ち度もないのに結婚生活が破綻するケースが問題となっているらしい。法律で離婚が認められていないせいで、夫からどんなに酷い扱いを受けても耐え続けるしかないのだ。  伯爵夫人との穏やかな交流の中で、デュナミスは陰口を叩かれても微笑みを絶やさない彼女の凛とした姿に次第に心惹かれていく。  それというのも、実はデュナミス自身にも国を出るに至ったつらい過去があって……

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

処理中です...