完璧すぎる令嬢は婚約破棄されましたが、白い結婚のはずが溺愛対象になっていました

鷹 綾

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第30話 揺るがぬ立場

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第30話 揺るがぬ立場

 王都の空気は、相変わらず澄んでいるようで、どこか重い。

 グラナート公爵家の馬車が正門をくぐると、居並ぶ貴族たちの視線が一斉に集まった。
 それは好奇心であり、警戒であり、そして――確認だ。

(……見られている)

 ヴェルティア・フォン・グラナートは、背筋を伸ばし、馬車を降りた。

 隣には、セーブル・フォン・グラナート。

 並んで立つその姿は、意図的に演出されたものではない。
 だが、誰の目にもはっきりと映る配置だった。

「……今日は、正式な場だ」

 馬車を降りる直前、セーブルが低く告げた。

「はい」

 短い返事。
 迷いはない。

 王都の中央評議会。
 今回の議題は、東側領地の徴税制度の見直しと、その過程で生じた混乱について。

 つまり――
 彼女の“過去”と、彼の“判断”が、同時に試される場だ。

 会場に入ると、ざわめきが一段階強くなる。

「……一緒に出席するとは」 「白い結婚ではなかったのか?」

 囁きは、隠されていない。
 だが、以前のような同情や軽視は感じられなかった。

 それどころか――。

(……測られている)

 ヴェルティアは、そう感じた。

 どの立場で、どこまで発言するのか。
 “公爵夫人”としてか、“元王太子の婚約者”としてか。

 答えは、すでに決まっている。

 評議が始まり、順に報告がなされる。

 セーブルは、簡潔に事実を述べた。

「……制度そのものに欠陥はない。
 だが、運用面に課題があった」

 責任を曖昧にしない。
 だが、過剰に背負い込まない。

 その姿勢に、何人かの貴族が頷いた。

「……補足を」

 静かな声が、場に落ちた。

 ヴェルティアだった。

 一瞬、空気が止まる。

 彼女が発言するかどうか。
 それを、多くの者が注視していた。

「徴税の是非ではなく、
 “負担が実感としてどう伝わるか”が問題でした」

 明確な論点。

「商会側は、制度を理解していなかったのではありません。
 “対応できる余地がない”と感じたのです」

 誰かが、息を呑む。

 彼女の語り口は、冷静だ。
 感情に寄らず、だが机上の空論でもない。

「納税時期の調整と、
 一時的な猶予措置を組み合わせることで、
 反発は沈静化しました」

 資料が、回される。

 誰かが、小さく頷いた。

「……公爵夫人」

 評議員の一人が、慎重に口を開く。

「これは、公爵の判断を補佐する立場としての発言ですか」

 問いは、核心を突いている。

 ヴェルティアは、わずかに微笑んだ。

「いいえ」

 即答。

「私個人の見解です」

 ざわめきが走る。

「私は、セーブル・フォン・グラナートの判断を尊重しています。
 ですが、同時に――」

 一拍置く。

「自分の視点を、持っています」

 それは、宣言だった。

 誰かの影でも、補佐役でもない。
 独立した立場の表明。

 セーブルは、横で一切口を挟まなかった。

 止めない。
 上書きしない。

 それ自体が、最大の支持だった。

「……理解しました」

 評議員は、深く頷いた。

「貴重な意見です」

 その言葉に、軽さはない。

 視線の一角で、別の人物が歯噛みしているのが見えた。

 アルベリク王太子。

 かつて、彼女を“可愛げがない”と切り捨てた男。

 彼は、何も言わなかった。

 いや――言えなかった。

 今のヴェルティアは、
 彼の記憶の中にいる“元婚約者”ではない。

 彼女は、
 公爵夫人であり、
 一個人として意見を述べ、
 評価されている。

(……揺るがぬ立場)

 それが、はっきりと示された瞬間だった。

 評議が終わり、会場を出る。

 廊下には、重い沈黙が流れていた。

「……見事だった」

 セーブルが、低く言う。

「出過ぎてはいませんでしたか」

 ヴェルティアは、わずかに首を傾げた。

「いいや」

 即答。

「必要な位置に、立っていただけだ」

 その言葉に、彼女は小さく息を吐いた。

(……認められている)

 守られているのではない。
 並び立っている。

 帰路の馬車。

 今度は、隣同士で座るのが当たり前になっていた。

「……もう」

 ヴェルティアが、静かに言う。

「私は、誰かの過去ではありませんね」

「ああ」

 セーブルは、迷いなく答えた。

「今も、これからも」

 その言葉に、彼女は窓の外へ視線を向けた。

 王都の景色が、流れていく。

 ここで失ったものも、
 ここで縛られていた役割も、
 すでに、過去だ。

(……揺るがぬ立場)

 それは、地位の話ではない。

 自分が、自分として立つ場所を、
 はっきりと選んだという事実だ。

 白い結婚から始まった関係は、
 今や――
 誰の目にも、曖昧ではない形を取り始めていた。


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