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第34話 過去の清算
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第34話 過去の清算
過去というものは、こちらが忘れたつもりでも、向こうから姿を現す。
ただし――
立場が逆転したあとに現れる過去ほど、無力なものはない。
王都の一角。
かつては王太子アルベリクの影響力が色濃く及んでいた社交の場で、今は静かな混乱が起きていた。
「……最近、王太子殿下への招待が減っているそうだ」 「当然だろう。今の状況では、下手に関わる方が危険だ」
囁きは、遠慮がない。
それが、現実だった。
アルベリクは、自室で一人、窓の外を見つめていた。
以前なら、周囲は取り巻きで溢れていた。
助言、称賛、同調。
だが今は――
沈黙しかない。
(……なぜだ)
答えは、分かっている。
分かっているからこそ、受け入れられない。
(ヴェルティア……)
彼女の名前を思い浮かべるたび、胸の奥が軋む。
かつては、自分が選ぶ側だった。
彼女は、選ばれる側だった。
そう、信じて疑わなかった。
「可愛げがない」 「完璧すぎて、つまらない」
それが、彼の下した評価。
だが今、王都で囁かれている評価は、真逆だ。
「堂々としている」 「隣に立つにふさわしい」 「自分の立場を理解している、稀有な女性だ」
――それは、
すべて、失ってから知る評価だった。
扉がノックされる。
「……入れ」
入ってきたのは、かつて忠実だった側近だ。
「殿下……本日、評議会から正式な通達が」
アルベリクは、動かなかった。
「……読み上げろ」
「はい」
側近は、言葉を選びながら続ける。
「殿下の一部裁量権が、
一時的に制限されるとのことです」
要するに――
信用の失墜。
表向きは「調整」。
だが、実質は冷却だ。
アルベリクは、目を閉じた。
(……完全に)
終わったのだ。
それでも、彼の中には、最後の希望が残っていた。
(まだ……彼女がいる)
ありえない願いだと、頭では分かっている。
だが、心は、過去に縋ろうとする。
そして――
その願いは、容赦なく打ち砕かれる。
数日後。
王宮の中庭で、偶然を装った再会が用意された。
「……ヴェルティア」
呼び止められても、彼女は立ち止まらない。
「話がある」
仕方なく、彼女は振り返った。
その表情に、動揺はない。
怒りも、悲しみもない。
ただ――
距離があった。
「短くしてください」
それだけで、
彼女が“もう違う世界にいる”ことは明白だった。
「……私は」
アルベリクは、言葉を探す。
「間違っていた」
遅すぎる言葉。
「君の価値を、理解していなかった」
彼女は、静かに彼を見た。
だが、その視線は、
評価を待つ者を見る目ではない。
「そうですね」
淡々とした返答。
「ですが、それはもう、
私には関係のないことです」
アルベリクの喉が、詰まる。
「……戻るつもりはないのか」
縋るような声。
ヴェルティアは、はっきりと首を振った。
「ありません」
一切の余地もない。
「私は、選ばれなかったことで、
救われました」
その言葉が、
彼にとって、最も残酷だった。
「あなたに捨てられたからこそ、
私は、自分を取り戻せたのです」
それが、清算だった。
感情的な罵倒はない。
復讐の言葉もない。
ただ、
過去を“過去に戻す”宣言。
「これ以上、
私の人生に関わらないでください」
それだけを残し、
彼女は去った。
振り返らない。
その背中を見送りながら、
アルベリクは、膝から力が抜けた。
(……終わった)
完全に。
取り返しのつかない形で。
一方、グラナート公爵邸。
夕暮れの庭で、
セーブルがヴェルティアを迎える。
「……顔を見て、分かった」
彼は言う。
「終わったな」
「はい」
彼女は、静かに頷いた。
「過去を、置いてきました」
セーブルは、何も言わず、彼女の手を取った。
それだけで、十分だった。
ざまぁは、
相手を打ち倒すことではない。
相手の存在が、自分の人生から消えること。
それ以上に、
完全な清算はない。
夕陽が沈み、
新しい夜が始まる。
過去は、もう振り返らない。
残るのは――
選び取った未来だけだ。
過去というものは、こちらが忘れたつもりでも、向こうから姿を現す。
ただし――
立場が逆転したあとに現れる過去ほど、無力なものはない。
王都の一角。
かつては王太子アルベリクの影響力が色濃く及んでいた社交の場で、今は静かな混乱が起きていた。
「……最近、王太子殿下への招待が減っているそうだ」 「当然だろう。今の状況では、下手に関わる方が危険だ」
囁きは、遠慮がない。
それが、現実だった。
アルベリクは、自室で一人、窓の外を見つめていた。
以前なら、周囲は取り巻きで溢れていた。
助言、称賛、同調。
だが今は――
沈黙しかない。
(……なぜだ)
答えは、分かっている。
分かっているからこそ、受け入れられない。
(ヴェルティア……)
彼女の名前を思い浮かべるたび、胸の奥が軋む。
かつては、自分が選ぶ側だった。
彼女は、選ばれる側だった。
そう、信じて疑わなかった。
「可愛げがない」 「完璧すぎて、つまらない」
それが、彼の下した評価。
だが今、王都で囁かれている評価は、真逆だ。
「堂々としている」 「隣に立つにふさわしい」 「自分の立場を理解している、稀有な女性だ」
――それは、
すべて、失ってから知る評価だった。
扉がノックされる。
「……入れ」
入ってきたのは、かつて忠実だった側近だ。
「殿下……本日、評議会から正式な通達が」
アルベリクは、動かなかった。
「……読み上げろ」
「はい」
側近は、言葉を選びながら続ける。
「殿下の一部裁量権が、
一時的に制限されるとのことです」
要するに――
信用の失墜。
表向きは「調整」。
だが、実質は冷却だ。
アルベリクは、目を閉じた。
(……完全に)
終わったのだ。
それでも、彼の中には、最後の希望が残っていた。
(まだ……彼女がいる)
ありえない願いだと、頭では分かっている。
だが、心は、過去に縋ろうとする。
そして――
その願いは、容赦なく打ち砕かれる。
数日後。
王宮の中庭で、偶然を装った再会が用意された。
「……ヴェルティア」
呼び止められても、彼女は立ち止まらない。
「話がある」
仕方なく、彼女は振り返った。
その表情に、動揺はない。
怒りも、悲しみもない。
ただ――
距離があった。
「短くしてください」
それだけで、
彼女が“もう違う世界にいる”ことは明白だった。
「……私は」
アルベリクは、言葉を探す。
「間違っていた」
遅すぎる言葉。
「君の価値を、理解していなかった」
彼女は、静かに彼を見た。
だが、その視線は、
評価を待つ者を見る目ではない。
「そうですね」
淡々とした返答。
「ですが、それはもう、
私には関係のないことです」
アルベリクの喉が、詰まる。
「……戻るつもりはないのか」
縋るような声。
ヴェルティアは、はっきりと首を振った。
「ありません」
一切の余地もない。
「私は、選ばれなかったことで、
救われました」
その言葉が、
彼にとって、最も残酷だった。
「あなたに捨てられたからこそ、
私は、自分を取り戻せたのです」
それが、清算だった。
感情的な罵倒はない。
復讐の言葉もない。
ただ、
過去を“過去に戻す”宣言。
「これ以上、
私の人生に関わらないでください」
それだけを残し、
彼女は去った。
振り返らない。
その背中を見送りながら、
アルベリクは、膝から力が抜けた。
(……終わった)
完全に。
取り返しのつかない形で。
一方、グラナート公爵邸。
夕暮れの庭で、
セーブルがヴェルティアを迎える。
「……顔を見て、分かった」
彼は言う。
「終わったな」
「はい」
彼女は、静かに頷いた。
「過去を、置いてきました」
セーブルは、何も言わず、彼女の手を取った。
それだけで、十分だった。
ざまぁは、
相手を打ち倒すことではない。
相手の存在が、自分の人生から消えること。
それ以上に、
完全な清算はない。
夕陽が沈み、
新しい夜が始まる。
過去は、もう振り返らない。
残るのは――
選び取った未来だけだ。
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