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第35話 未来の選択
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第35話 未来の選択
王都の朝は、相変わらず慌ただしい。
だが、ヴェルティア・フォン・グラナートにとって、その喧騒はもはや遠い背景音に過ぎなかった。
かつて、王都は彼女にとって「評価される場所」だった。
正しく振る舞い、期待に応え、失望させないよう努める舞台。
今は違う。
(……ただ、生きている場所)
それ以上でも、それ以下でもない。
グラナート公爵邸の書斎で、彼女は机に向かっていた。
前に広げられているのは、数枚の書類。
領地運営に関する提案書。
公爵家主導で進める、新たな施策案だ。
内容は、派手ではない。
税制の微調整、商会との定期的な対話の場、農村部への支援制度。
だが――
確実に、生活を変えるものだった。
(……こういうことが、やりたかった)
誰かに認められるためではない。
失点を避けるためでもない。
必要だと思ったことを、形にする。
それだけ。
「……集中しているな」
背後から、低い声がかかる。
振り返ると、セーブル・フォン・グラナートが立っていた。
「少し、考え事を」
「邪魔だったか」
「いいえ」
ヴェルティアは、首を振る。
「むしろ……整理がつきました」
セーブルは、書類に目を落とした。
「これは?」
「私なりの……これから、です」
彼女は、そう答えた。
セーブルは、黙って読み進める。
途中で口を挟むことはない。
読み終え、彼は一度、深く息を吐いた。
「……よく考えられている」
評価は、簡潔だ。
「だが、負担も増える」
「承知しています」
即答。
「だから、段階的に進めます」
その姿勢に、セーブルは微かに口元を緩めた。
(……本当に)
(もう、守る必要はない)
彼女は、自分で立っている。
「……ヴェルティア」
セーブルが、真剣な声で言う。
「一つ、確認したい」
「はい」
「これは、“公爵夫人としての仕事”か」
問いは、核心だった。
彼女は、少しだけ考えた。
「違います」
そして、はっきりと言う。
「私自身の選択です」
セーブルは、頷いた。
「それなら、私は止めない」
「止めるつもりがあったのですか」
「念のためだ」
淡々としたやり取り。
だが、その奥には、確かな信頼があった。
午後、庭を歩く。
春の兆しが、木々の先に見え始めている。
「……最近」
ヴェルティアが、ぽつりと呟く。
「王太子の名前を、聞かなくなりました」
「ああ」
セーブルは、当然のように答える。
「王都は、変化に慣れるのが早い」
それは、冷たい言葉ではない。
事実だ。
「……少し前なら」
彼女は、空を見上げる。
「それが、怖かったはずなのに」
「今は?」
「……何も、感じません」
それが、完全な清算だった。
忘れたわけではない。
だが、心を動かされなくなった。
(……未来に目が向いている)
それだけのこと。
夕方、二人は並んで座っていた。
距離は近い。
だが、意識する必要はない。
「……これから」
セーブルが、低く言う。
「忙しくなるな」
「ええ」
ヴェルティアは、微笑む。
「でも、不思議と……」
一拍置いて、続ける。
「楽しみです」
それは、本音だった。
未来が、恐怖ではない。
義務でもない。
選べるものになっている。
「……私は」
セーブルは、静かに言う。
「君が選ぶ未来に、同行する」
支配でも、庇護でもない。
並走だ。
ヴェルティアは、彼を見る。
「それなら……」
穏やかな声。
「私は、迷いません」
夜が、静かに降りてくる。
ざまぁは、すでに終わっている。
過去も、清算された。
残るのは――
どう生きるか、という問いだけ。
そして、ヴェルティアは、もう知っている。
未来は、
与えられるものではなく、
選ぶものだということを。
それが、彼女の選んだ答えだった。
王都の朝は、相変わらず慌ただしい。
だが、ヴェルティア・フォン・グラナートにとって、その喧騒はもはや遠い背景音に過ぎなかった。
かつて、王都は彼女にとって「評価される場所」だった。
正しく振る舞い、期待に応え、失望させないよう努める舞台。
今は違う。
(……ただ、生きている場所)
それ以上でも、それ以下でもない。
グラナート公爵邸の書斎で、彼女は机に向かっていた。
前に広げられているのは、数枚の書類。
領地運営に関する提案書。
公爵家主導で進める、新たな施策案だ。
内容は、派手ではない。
税制の微調整、商会との定期的な対話の場、農村部への支援制度。
だが――
確実に、生活を変えるものだった。
(……こういうことが、やりたかった)
誰かに認められるためではない。
失点を避けるためでもない。
必要だと思ったことを、形にする。
それだけ。
「……集中しているな」
背後から、低い声がかかる。
振り返ると、セーブル・フォン・グラナートが立っていた。
「少し、考え事を」
「邪魔だったか」
「いいえ」
ヴェルティアは、首を振る。
「むしろ……整理がつきました」
セーブルは、書類に目を落とした。
「これは?」
「私なりの……これから、です」
彼女は、そう答えた。
セーブルは、黙って読み進める。
途中で口を挟むことはない。
読み終え、彼は一度、深く息を吐いた。
「……よく考えられている」
評価は、簡潔だ。
「だが、負担も増える」
「承知しています」
即答。
「だから、段階的に進めます」
その姿勢に、セーブルは微かに口元を緩めた。
(……本当に)
(もう、守る必要はない)
彼女は、自分で立っている。
「……ヴェルティア」
セーブルが、真剣な声で言う。
「一つ、確認したい」
「はい」
「これは、“公爵夫人としての仕事”か」
問いは、核心だった。
彼女は、少しだけ考えた。
「違います」
そして、はっきりと言う。
「私自身の選択です」
セーブルは、頷いた。
「それなら、私は止めない」
「止めるつもりがあったのですか」
「念のためだ」
淡々としたやり取り。
だが、その奥には、確かな信頼があった。
午後、庭を歩く。
春の兆しが、木々の先に見え始めている。
「……最近」
ヴェルティアが、ぽつりと呟く。
「王太子の名前を、聞かなくなりました」
「ああ」
セーブルは、当然のように答える。
「王都は、変化に慣れるのが早い」
それは、冷たい言葉ではない。
事実だ。
「……少し前なら」
彼女は、空を見上げる。
「それが、怖かったはずなのに」
「今は?」
「……何も、感じません」
それが、完全な清算だった。
忘れたわけではない。
だが、心を動かされなくなった。
(……未来に目が向いている)
それだけのこと。
夕方、二人は並んで座っていた。
距離は近い。
だが、意識する必要はない。
「……これから」
セーブルが、低く言う。
「忙しくなるな」
「ええ」
ヴェルティアは、微笑む。
「でも、不思議と……」
一拍置いて、続ける。
「楽しみです」
それは、本音だった。
未来が、恐怖ではない。
義務でもない。
選べるものになっている。
「……私は」
セーブルは、静かに言う。
「君が選ぶ未来に、同行する」
支配でも、庇護でもない。
並走だ。
ヴェルティアは、彼を見る。
「それなら……」
穏やかな声。
「私は、迷いません」
夜が、静かに降りてくる。
ざまぁは、すでに終わっている。
過去も、清算された。
残るのは――
どう生きるか、という問いだけ。
そして、ヴェルティアは、もう知っている。
未来は、
与えられるものではなく、
選ぶものだということを。
それが、彼女の選んだ答えだった。
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