永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾

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第17話 王太子の屈服、女王の条件

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第17話 王太子の屈服、女王の条件


---

 王城は、静かすぎる朝を迎えていた。

 鐘は鳴らない。
 伝令も走らない。
 商人も、聖職者も、領主たちも――判断を止めたまま動かない。

 それは反乱ではなかった。
 暴動でもなかった。

 ただひとつ、共通していたのは、

「キクコ・イソファガスの判断を待つ」

という、沈黙の合意だった。

     ◆ ◆ ◆

 王太子は、ついに動いた。

 深夜、誰にも告げず、近衛を最小限だけ連れて
 “王城の客室棟”――キクコが滞在している離れへ向かった。

 扉の前で、王太子は一度だけ立ち止まる。

(……頭を下げることになるとはな)

 拳を握りしめ、扉を叩いた。

「……キクコ。話がある」

 返事は、すぐに返ってきた。

「どうぞ。鍵はかかってないわ」

 その声は、驚くほど穏やかだった。

     ◆ ◆ ◆

 室内では、キクコが紅茶を淹れていた。

 夜更けだというのに、テーブルには二人分のカップ。

「……来ると思ってたわ」

 王太子は一瞬、言葉に詰まる。

「なぜ……?」

「国が止まったからでしょう?」

 キクコはあっさりと言った。

「あなたが私を“囲った”瞬間から、
 私は何も命じていない。
 それでも国が止まった。
 ――それが答えよ」

 王太子は歯を食いしばり、頭を下げた。

「……私の負けだ」

 その姿に、キクコは驚かない。

「認めるの、早かったわね」

「これ以上、国を止めるわけにはいかない」

 王太子は、低い声で続けた。

「頼む。
 国を、動かしてくれ」

     ◆ ◆ ◆

 キクコは、紅茶を一口飲んでから言った。

「条件があるわ」

「……何でも言え」

「まず一つ」

 扇子を閉じ、視線を真っ直ぐ向ける。

「私は“王宮常駐顧問”を辞退する。
 監視付きの名誉職なんて、冗談じゃない」

「……分かった」

「二つ目」

「私の周囲――
 イソファガス領、ファイエル、リヒター、
 その他関係者への監視をすべて解除すること」

 王太子は、少しだけ眉を動かしたが、頷いた。

「三つ目」

 ここで、キクコは少しだけ声を低くする。

「“勇者制度”を、凍結しなさい」

「……なに?」

「役割を押しつけ、
 都合が悪くなったら切り捨てる制度よ。
 あれがある限り、第二、第三のファイエルが生まれる」

 沈黙。

 長い沈黙のあと、王太子は言った。

「……制度改革には時間がかかる」

「ええ。でも、着手は今すぐよ」

     ◆ ◆ ◆

 王太子は、深く息を吐いた。

「……最後に、一つ聞かせてくれ」

「なに?」

「お前は……
 本当に、王にならないのか?」

 キクコは、少しだけ目を伏せた。

「ならないわ」

 はっきりと。

「私は、王座に座る女じゃない。
 王座の“外”から、ひっくり返す女よ」

 王太子は、苦く笑った。

「……敵に回さなくてよかった」

「ええ。
 あなたが頭を下げられる人でよかった」

     ◆ ◆ ◆

 翌朝。

 王城から正式な布告が出された。

――キクコ・イソファガスの
――王宮常駐任命は撤回される。
――勇者制度は再検討のため凍結。
――各地の判断は、従来通り地方裁量を尊重する。

 国は、再び動き始めた。

     ◆ ◆ ◆

 イソファガス領。

 帰還したキクコを、ファイエルとリヒターが迎える。

「……無事で何よりです」

「ええ。
 ちょっと説教してきただけよ」

「説教、で済んだのですか……?」

「ええ。
 王太子、ちゃんと反省できる子だったから」

 ファイエルは、安堵したように息を吐いた。

「……ありがとうございました」

「礼はいらないわ」

 キクコは微笑む。

「あなたは、私が育てた子なんだから」

 ファイエルは、思わず口を開きかけ――
 そして、慌てて言い直した。

「……師、です」

「ふふ。合格」

     ◆ ◆ ◆

 その夜。

 キクコは書斎で、紅茶を飲みながら独りごちた。

「……これで一段落、かしら」

 だが、机の上には新たな書簡。

 封蝋には、王家の紋章。

「……あら?」

 開いた瞬間、彼女は目を細めた。

『正式に、王位継承に関する再協議を行いたい』

「……まだ終わってなかったわね」

 永遠の十七歳は、ため息をついた。

(平穏な日常への道は、どうしてこう遠いのかしら)

 ――だが、確実に。
 彼女の“勝利”は、国に刻まれ始めていた。
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