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第33話 外から来た波紋
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第33話 外から来た波紋
王都の朝は、いつもより騒がしかった。
石畳を叩く馬蹄の音、慌ただしく行き交う兵士たち、そして城門前に集まる人々のざわめき。
その中心にあったのは、一団の来訪者だった。
「帝国の使節団だと?」
執務室で報告を受けたアルフェリットは、書類から顔を上げた。
「はい。正式な国書を携えており、謁見を強く求めております。どうやら……“聖女キクコ”に関する件だと」
その一言で、空気が変わった。
◆ ◆ ◆
「……ついに来たわね」
同じ頃、イソファガス領の書斎で、キクコは静かに呟いていた。
差し出された書簡には、帝国の紋章。
そして、遠回しながらも明確な文言が並んでいる。
――三百年前の聖女と、現在のイソファガス家の令嬢。
――その一致について、説明を求める。
「まったく、しつこい爺さんたち」
ネオ皇帝の顔が脳裏に浮かび、キクコは小さくため息をついた。
(あの人、絶対“面白くなってきた”とか思ってるわね)
◆ ◆ ◆
王城・謁見の間。
帝国使節団は、きっちりと整列し、先頭に立つ老外交官が一歩前へ出た。
「アルフェリット陛下。此度は帝国より、正式な照会を携えて参りました」
「内容は聞いている」
アルフェリットの声は落ち着いていた。
「我が国の内政に関わる件だ。慎重に扱ってもらおう」
「もちろんです。しかし――」
外交官の視線が、控えとして立つキクコへと向く。
「この方の存在は、もはや一国の問題ではありません」
謁見の間が、ざわついた。
◆ ◆ ◆
「やめなさい」
静かだが、よく通る声。
キクコが一歩前に出た。
「その言い方、気に入らないわね。私はどこにも属していない」
「ですが、帝国には記録が残っております。
三百年前、聖女キクコ・イソファガスは確かに存在した。そして――」
「今も存在している。そう言いたいのでしょう?」
キクコは笑った。
だが、その笑みは軽やかでありながら、どこか鋭い。
「記録があるからといって、本人が同一だと決めつけるのは、学者の悪い癖よ」
◆ ◆ ◆
アルフェリットは、そのやり取りを黙って見ていた。
――帝国は、確信を持っている。
だが、証拠がない。
だからこそ、“揺さぶり”に来た。
◆ ◆ ◆
「陛下」
外交官は、アルフェリットへと向き直る。
「この方が不老であるならば、それは世界の均衡に関わる問題です。我々は――」
「そこまでだ」
アルフェリットは、ぴしゃりと言い切った。
「我が国は、個人の在り方を帝国の尺度で裁かれるつもりはない」
その言葉に、キクコの目がわずかに見開かれた。
◆ ◆ ◆
「聖女であろうと、なかろうと」
アルフェリットは続ける。
「彼女は、イソファガス家の令嬢であり、我が国の重要人物だ。それ以上の詮索は許可しない」
謁見の間が静まり返る。
帝国使節は一瞬言葉を失い、やがて深く一礼した。
「……承知しました。本件は、いったん持ち帰りましょう」
◆ ◆ ◆
使節団が退いた後。
「……やりすぎじゃない?」
キクコが小声で言う。
「足りないくらいだ」
アルフェリットは即答した。
「君が守ってきたものを、今度は俺が守る番だ」
その言葉に、キクコは思わず目を伏せた。
◆ ◆ ◆
(ああ、しまった)
胸の奥で、小さく何かが崩れる。
(これは……想定外よ)
彼女はずっと、“知られないこと”で均衡を保ってきた。
だが今、初めて――
“知ろうとせずに守る王”が現れた。
◆ ◆ ◆
「アルフェリット」
「なんだ」
「……後悔しても知らないわよ」
「後悔は、するかもしれない」
彼は、はっきりと言った。
「だが、それでも選ぶ」
◆ ◆ ◆
外から来た波紋は、確かに均衡を揺らした。
だが同時に――
二人の立場を、より強固に結びつけてもいた。
真実が暴かれる日は、確実に近づいている。
それでも今は、まだ――
この選択を信じるしかなかった。
――第34話へ続く。
王都の朝は、いつもより騒がしかった。
石畳を叩く馬蹄の音、慌ただしく行き交う兵士たち、そして城門前に集まる人々のざわめき。
その中心にあったのは、一団の来訪者だった。
「帝国の使節団だと?」
執務室で報告を受けたアルフェリットは、書類から顔を上げた。
「はい。正式な国書を携えており、謁見を強く求めております。どうやら……“聖女キクコ”に関する件だと」
その一言で、空気が変わった。
◆ ◆ ◆
「……ついに来たわね」
同じ頃、イソファガス領の書斎で、キクコは静かに呟いていた。
差し出された書簡には、帝国の紋章。
そして、遠回しながらも明確な文言が並んでいる。
――三百年前の聖女と、現在のイソファガス家の令嬢。
――その一致について、説明を求める。
「まったく、しつこい爺さんたち」
ネオ皇帝の顔が脳裏に浮かび、キクコは小さくため息をついた。
(あの人、絶対“面白くなってきた”とか思ってるわね)
◆ ◆ ◆
王城・謁見の間。
帝国使節団は、きっちりと整列し、先頭に立つ老外交官が一歩前へ出た。
「アルフェリット陛下。此度は帝国より、正式な照会を携えて参りました」
「内容は聞いている」
アルフェリットの声は落ち着いていた。
「我が国の内政に関わる件だ。慎重に扱ってもらおう」
「もちろんです。しかし――」
外交官の視線が、控えとして立つキクコへと向く。
「この方の存在は、もはや一国の問題ではありません」
謁見の間が、ざわついた。
◆ ◆ ◆
「やめなさい」
静かだが、よく通る声。
キクコが一歩前に出た。
「その言い方、気に入らないわね。私はどこにも属していない」
「ですが、帝国には記録が残っております。
三百年前、聖女キクコ・イソファガスは確かに存在した。そして――」
「今も存在している。そう言いたいのでしょう?」
キクコは笑った。
だが、その笑みは軽やかでありながら、どこか鋭い。
「記録があるからといって、本人が同一だと決めつけるのは、学者の悪い癖よ」
◆ ◆ ◆
アルフェリットは、そのやり取りを黙って見ていた。
――帝国は、確信を持っている。
だが、証拠がない。
だからこそ、“揺さぶり”に来た。
◆ ◆ ◆
「陛下」
外交官は、アルフェリットへと向き直る。
「この方が不老であるならば、それは世界の均衡に関わる問題です。我々は――」
「そこまでだ」
アルフェリットは、ぴしゃりと言い切った。
「我が国は、個人の在り方を帝国の尺度で裁かれるつもりはない」
その言葉に、キクコの目がわずかに見開かれた。
◆ ◆ ◆
「聖女であろうと、なかろうと」
アルフェリットは続ける。
「彼女は、イソファガス家の令嬢であり、我が国の重要人物だ。それ以上の詮索は許可しない」
謁見の間が静まり返る。
帝国使節は一瞬言葉を失い、やがて深く一礼した。
「……承知しました。本件は、いったん持ち帰りましょう」
◆ ◆ ◆
使節団が退いた後。
「……やりすぎじゃない?」
キクコが小声で言う。
「足りないくらいだ」
アルフェリットは即答した。
「君が守ってきたものを、今度は俺が守る番だ」
その言葉に、キクコは思わず目を伏せた。
◆ ◆ ◆
(ああ、しまった)
胸の奥で、小さく何かが崩れる。
(これは……想定外よ)
彼女はずっと、“知られないこと”で均衡を保ってきた。
だが今、初めて――
“知ろうとせずに守る王”が現れた。
◆ ◆ ◆
「アルフェリット」
「なんだ」
「……後悔しても知らないわよ」
「後悔は、するかもしれない」
彼は、はっきりと言った。
「だが、それでも選ぶ」
◆ ◆ ◆
外から来た波紋は、確かに均衡を揺らした。
だが同時に――
二人の立場を、より強固に結びつけてもいた。
真実が暴かれる日は、確実に近づいている。
それでも今は、まだ――
この選択を信じるしかなかった。
――第34話へ続く。
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