『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾

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第11話 静かな改革

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第11話 静かな改革

 変化は、音もなく始まった。

「……あれ?」

 公爵領・南部農村の集積所で、
 年配の管理官が帳簿を見つめて首を傾げる。

「出荷日……早まっている?」

 隣で若い役人が頷いた。

「はい。
 輸送経路が一部変更されまして」

「変更? 誰の指示だ?」

「奥様――
 いえ、エミーラ様の提案です」

 管理官は、思わず帳簿を見直した。

 収穫量は変わっていない。
 だが、到着が早くなり、
 市場での評価が上がっている。

「……値が、落ちていないな」

 それは、
 “たまたま”ではなかった。


---

 港湾地区でも、同じことが起きていた。

「通関、今日は妙に早いな」 「書類の流れが、整理されましたから」

「整理?」

「はい。
 部署ごとの提出順が統一されて、
 “誰待ち”がなくなりました」

 港湾管理官は、眉を上げた。

「そんな簡単なことで……?」

「簡単なことを、
 誰もまとめていなかっただけです」

 その言葉に、
 管理官は、苦笑した。


---

 公爵邸、執務棟。

 ゼファー・アンクレイブは、
 新しい報告書に目を通していた。

「……物流効率、三割改善」

 数字は、嘘をつかない。

「港湾滞留日数、短縮。
 農産物価格、安定……」

 ゼファーは、ゆっくりと息を吐いた。

(早すぎる)

 一ヶ月の猶予を与えたはずだ。
 それが、まだ半月も経っていない。

 そこへ、ハロルドが入室する。

「公爵」 「何だ」

「各部署から、
 “奥様の指示が的確すぎる”と……」

 言葉を選んでいる様子に、
 ゼファーは視線を上げた。

「続けろ」

「……正直に申し上げますと」

 ハロルドは、一度咳払いをした。

「皆、
 “今までなぜ、これをやっていなかったのか”
 と、言っています」

 ゼファーは、わずかに口角を上げた。

「そうか」

 それだけだった。


---

 一方その頃。

 エミーラは、執務棟の一角で
 新しい書類に目を通していた。

「……この部署、
 仕事量が偏っていますわね」

 机の向かいには、若い役人が立っている。

「ご、ご不満でしょうか……?」

「いいえ」

 エミーラは、首を横に振った。

「優秀な方が、
 疲弊しているだけです」

 ペンを取り、
 さらさらと書き加える。

「仕事を減らすのではなく、
 分けましょう」

「……そんな発想、ありませんでした」

「皆さん、
 怠けているわけではありませんもの」

 その言葉に、
 役人の表情が、ぱっと明るくなった。


---

 その日の夜。

 公爵邸の食堂。

「……最近、
 屋敷が静かだな」

 ゼファーが、ぽつりと呟いた。

「そうですか?」

 エミーラは、紅茶を口に運ぶ。

「以前は、
 問題が起きるたびに、
 誰かが駆け込んできていた」

「問題が、
 起きにくくなっただけですわ」

 事もなげな言葉。

 ゼファーは、彼女を見た。

「……君は」

 言葉を選ぶ。

「自分が、
 どれほどのことをしているか、
 自覚しているか?」

 エミーラは、一瞬考え――
 そして、首を横に振った。

「いいえ」

「?」

「私はただ、
 “止まっているものを流している”だけです」

 ゼファーは、短く笑った。

「それを、
 世間では“改革”と呼ぶ」

「……そうなのですか」

 どこか、他人事のような声。

 ゼファーは、静かに確信した。

(――この女は)

 評価されるために、動いていない。
 支配するためでも、称賛のためでもない。

 ただ、
 “機能する世界”を好んでいるだけだ。

「エミーラ」

「はい」

「君を、
 ここへ迎えた判断は、
 間違っていなかった」

 エミーラは、少し驚いたように目を瞬かせ、
 やがて、静かに微笑んだ。

「……それは、光栄ですわ」

 そのやり取りを、
 少し離れた場所で見ていた使用人たちは――

「……あれはもう」 「完全に、信頼ですね」 「ご夫婦、仲が深い……」

 ――またしても、
 誤解を深めていた。

 だがその誤解は、
 いずれ“真実”に変わるものだった。


---

次は
👉 第12話「噂は、遅れて届く」
・公爵領の評判が外へ広がり始める
・王都に“エミーラの名”が戻ってくる

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