『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾

文字の大きさ
12 / 30

第12話 噂は、遅れて届く

しおりを挟む
第12話 噂は、遅れて届く

 最初に変化に気づいたのは、商人たちだった。

「……最近、アンクレイブ公爵領、
 やけに取引が楽になってないか?」

 王都の商業ギルドで、
 中年の商人が首を傾げる。

「書類の往復が減った」 「通関が早い」 「価格が安定してる」

 それは、偶然ではなかった。

「聞いたか?
 公爵領に“切れ者の奥様”がいるらしい」

「奥様?」

「噂だと、
 書類一枚で物流を動かしたとか……」

 尾ひれは、自然と付く。


---

 数日後。

 王都・王宮の一角で、
 一通の報告書が机に置かれていた。

「……アンクレイブ公爵領、
 交易量増加?」

 アルトゥーラ・レグナードは、
 眉をひそめる。

「急すぎないか」

 侍従が、慎重に答えた。

「はい。
 理由として挙げられているのは……
 “内部調整の円滑化”と……」

「内部調整?」

「はい。
 特定の人物による統括が、
 機能しているとのことです」

 アルトゥーラは、報告書を睨みつけた。

「……誰だ」

 沈黙。

 やがて、侍従が低い声で告げる。

「……エミーラ・ローゼンベルク様、だと」

 その名が、
 部屋の空気を凍らせた。

「……は?」

 アルトゥーラは、
 一瞬、言葉を失った。

(あり得ない)

 彼女は、
 婚約破棄された令嬢だ。

 王都を去り、
 静かに暮らしているはず――

「さらに……」

 侍従は、続ける。

「アンクレイブ公爵は、
 彼女に相当な裁量を与えているとの噂です」

 アルトゥーラは、
 無意識に拳を握った。

(……なぜ、だ)

 “完璧すぎて、可愛げがない”
 そう切り捨てた女が。

 なぜ、他国で――

「殿下?」

「……調べろ」

 低い声。

「どこまで関わっているのか、
 徹底的にだ」

 胸の奥に、
 小さな焦りが生まれていた。


---

 一方、アンクレイブ公爵邸。

 エミーラは、
 いつも通り執務棟にいた。

「この件、
 急ぎではありませんわ」

 落ち着いた声。

「先に、
 現場の負担を減らしましょう」

 役人たちは、
 自然と頷いていた。

 命令ではない。
 提案だ。

 だが、その提案が、
 最も合理的だと、
 誰もが理解している。

「……奥様」

 若い役人が、
 おずおずと口を開く。

「最近、
 “外”で噂になっているそうです」

「噂?」

「はい。
 公爵領が、
 やけに回っている、と」

 エミーラは、
 一瞬だけ考え、
 そして、肩をすくめた。

「良い噂なら、
 放っておきましょう」

 彼女にとって重要なのは、
 評価ではない。

 “機能しているかどうか”だけだ。


---

 その夜。

 食堂で、
 ゼファーが静かに口を開いた。

「王都から、
 探りが来始めている」

「……そうですか」

 エミーラは、
 紅茶を置いた。

「厄介でしょうか?」

「いや」

 ゼファーは、即答する。

「想定内だ」

 そして、彼女を見た。

「君の名が、
 再び王都で語られている」

 エミーラは、
 ほんの一瞬だけ、
 視線を落とす。

「……過去は、
 戻ってきません」

「戻す気も、ない」

 ゼファーの声は、
 はっきりしていた。

「ここは、
 君の居場所だ」

 その言葉に、
 エミーラは驚き――
 そして、静かに微笑んだ。

「……ありがとうございます」

 それは、
 契約書にはない言葉。

 だが、
 確かな“選択”の表明だった。

 噂は、遅れて届く。
 だが、
 一度届けば、
 引き返すことはない。


---

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

婚約破棄されたので頑張るのをやめました 〜昼寝と紅茶だけの公爵令嬢なのに、なぜか全部うまくいきます〜あ

鍛高譚
恋愛
王太子から婚約破棄された衝撃で階段から落ちた公爵令嬢シャル・ド・ネ・アルベール。 目覚めた彼女は、なんと前世の記憶——ブラック企業で働き詰めだったOL・佐伯ゆかりとしての人生を思い出してしまう。 無理して働いた末に過労死した前世の反省から、シャルは決意する。 「もう頑張らない。今度の人生は“好き”と“昼寝”だけで満たしますわ!」 貴族としての特権をフル活用し、ワイン造りやスイーツ作りなど“趣味”の延長でゆるゆる領地改革。 気づけば国王にも称賛され、周囲の評価はうなぎのぼり!? 一方、彼女を見下していた王太子と“真実の愛()”の令嬢は社交界で大炎上。 誰もざまぁされろなんて言ってないのに……勝手に転がり落ちていく元関係者たち。 本人はただ紅茶とスコーンを楽しんでいるだけなのに―― そんな“努力しない系”令嬢が、理想の白い結婚相手と出会い、 甘くてふわふわ、そしてちょっぴり痛快な自由ライフを満喫する ざまぁ(他力本願)×スローライフ×ちょっと恋愛な物語です♪

婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です

唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に 「王国の半分」を要求したら、 ゴミみたいな土地を押し付けられた。 ならば――関所を作りまくって 王子を経済的に詰ませることにした。 支配目当ての女王による、 愛なき(?)完全勝利の記録。

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

「価値がない」と言われた私、隣国では国宝扱いです

ゆっこ
恋愛
「――リディア・フェンリル。お前との婚約は、今日をもって破棄する」  高らかに響いた声は、私の心を一瞬で凍らせた。  王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに頭を垂れていた。  婚約者である王太子エドモンド殿下が、冷たい眼差しで私を見下ろしている。 「……理由を、お聞かせいただけますか」 「理由など、簡単なことだ。お前には“何の価値もない”からだ」

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

処理中です...