『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾

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第19話 崩れ始める王太子

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第19話 崩れ始める王太子

 王宮の執務室は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 机の上に積まれた文書。
 どれも、同じ文言で締めくくられている。

「……アンクレイブ公爵領と協議の上」

 アルトゥーラ・レグナードは、
 その一文を睨みつけていた。

「……協議、だと?」

 握った紙が、くしゃりと音を立てる。

 そこには、
 自分の名も、
 決裁欄もない。

(俺は……王太子だぞ)

 本来なら、
 すべてが自分を通るはずだった。

 それなのに――

「殿下」

 侍従が、恐る恐る声をかける。

「本日の会議ですが……
 公爵領との調整は、
 王弟殿下と大臣方で進める、と」

「……何?」

 アルトゥーラは、
 ゆっくりと顔を上げた。

「俺は?」

「……今回は、
 ご同席は不要との判断で……」

 不要。

 その二文字が、
 胸の奥に深く突き刺さる。

「……誰の判断だ」

「国王陛下の、ご意向です」

 沈黙。

 次の瞬間、
 アルトゥーラは、机を強く叩いた。

「ふざけるな!」

 書類が散乱する。

「俺を……
 俺を無視する気か!」

 侍従は、
 一歩下がり、言葉を失った。


---

 その夜。

 庭園で、
 アウルス・セナートが
 不安そうに待っていた。

「殿下……
 お顔が……」

「……うるさい」

 思わず、
 強い言葉が出る。

 アウルスは、
 びくりと肩を震わせた。

「わ、私……
 何か、悪いことを……?」

 その姿に、
 一瞬、迷いがよぎる。

 だが、
 それすら苛立ちに変わる。

(……違う)

 悪いのは――

「……エミーラだ」

 低く、吐き捨てるように言った。

「彼女が、
 余計なことをするから……」

 アウルスは、
 驚いたように目を見開く。

「エミーラ様……?」

「ああ。
 俺の許可もなく、
 王都に口出しを……」

 その言葉は、
 事実ではなかった。

 だが、
 彼はもう、
 事実を見る余裕を失っていた。

「殿下……
 それは……」

 アウルスは、
 何か言いかけ――
 結局、黙り込む。

 彼女には、
 何が問題なのか、
 理解できなかった。

 それが、
 何よりの証明だった。


---

 一方、アンクレイブ公爵領。

 エミーラは、
 王都から届いた議事録に目を通していた。

「……王太子、
 外されていますね」

 淡々とした声。

 ゼファーは、
 短く答える。

「当然だ」

「当然、ですか」

「責任を負えない者を、
 中枢に置く理由はない」

 それは、
 個人的な感情ではなく、
 純粋な評価だった。

「……私は、
 何かしてしまいましたか」

 エミーラが、
 わずかに眉を下げる。

「いいや」

 ゼファーは、
 はっきりと言った。

「君は、
 “必要なこと”だけをした」

 それ以上でも、
 それ以下でもない。


---

 王宮では。

 アルトゥーラが、
 一人、酒杯を煽っていた。

「……俺が、
 間違っていたとでも言うのか」

 誰にともなく呟く。

「完璧すぎる女なんて……
 扱いづらいに決まっている……」

 だが、
 その言葉に、
 もう誰も頷かない。

 酒杯を置き、
 鏡を見る。

 そこに映るのは、
 苛立ちと不安に歪んだ顔。

(……なぜ、
 こうなった)

 答えは、
 とっくに出ている。

 だが――
 それを認めるには、
 遅すぎた。

 王太子は、
 崩れ始めていた。
 音を立てず、
 だが確実に。


---

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