『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾

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第30話 選んだ先にあるもの

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第30話 選んだ先にあるもの

 朝の光が、
 公爵邸の回廊を柔らかく照らしていた。

 窓の外では、
 いつも通りの一日が始まっている。

 エミーラ・ローゼンベルクは、
 自室の机に向かい、
 最後の書類に目を通していた。

「……これで、
 一段落ですね」

 誰に言うでもなく、
 小さく呟く。

 王都との調整。
 領内改革の第一段階。
 すべて、滞りなく終わった。

 不思議なほど、
 胸は静かだった。


---

 扉が、
 控えめにノックされる。

「入れ」

 ゼファー・アンクレイブが、
 いつものように姿を現した。

「……話がある」

「奇遇ですね」

 エミーラは、
 書類を閉じ、立ち上がる。

「私も、
 お話ししたいことがありました」

 二人は、
 向かい合う。

 言葉を急ぐ必要は、
 なかった。


---

「……三年の契約」

 ゼファーが、
 先に切り出す。

「期限が、
 近い」

「ええ」

 エミーラは、
 落ち着いた声で頷く。

「私は――」

 一瞬、
 言葉を選ぶ。

「王都に戻るつもりは、
 ありません」

 それは、
 宣言ではない。

 確認だった。

 ゼファーは、
 わずかに目を細める。

「理由は?」

「ここに、
 役割があるからです」

 そして――
 はっきりと続ける。

「私自身が、
 ここを選びました」


---

 ゼファーは、
 しばらく沈黙した後、
 静かに言った。

「ならば」

 机の上に、
 一通の書面を置く。

「新しい契約だ」

 エミーラは、
 それを手に取り、
 目を通す。

「……契約期間、
 無期限?」

「形式は、
 もう必要ない」

 視線が、
 真っ直ぐに重なる。

「エミーラ」

 彼は、
 初めて名を呼んだ。

「この領地に、
 君は必要だ」

 一拍。

「――そして、
 俺にも」

 言葉は、
 飾られていない。

 だが、
 逃げ道もなかった。


---

 エミーラは、
 書面を静かに置いた。

「……条件は?」

「一つだけ」

「何でしょう」

「自分の意思で、
 ここにいること」

 それは、
 命令ではなく、
 願いだった。

 エミーラは、
 小さく笑う。

「それなら」

 迷いはない。

「とっくに、
 満たしています」


---

 その日の午後。

 公爵邸の中庭で、
 簡素な集まりが開かれた。

 派手な儀式はない。
 祝宴もない。

 だが――
 関係者は全員、
 同じ事実を理解していた。

「エミーラ様が、
 正式に――」

 言葉は、
 最後まで必要なかった。

 ゼファーの隣に立つ
 その姿が、
 すべてを物語っていた。


---

 夕暮れ。

 二人は、
 並んで回廊を歩いていた。

「……静かですね」

「この時間が、
 好きだ」

「私もです」

 足音が、
 ゆっくりと重なる。

「不思議ですわ」

 エミーラが言う。

「かつては、
 選ばれることばかり
 考えていました」

「今は?」

「選んでいます」

 少しだけ、
 照れたように。

「ここを。
 この立場を。
 ……あなたを」

 ゼファーは、
 足を止める。

「後悔は?」

「ありません」

 即答だった。

「私は、
 私の人生を
 ここで生きていますから」


---

 夜。

 窓辺に並び、
 灯りを眺める。

 遠くで、
 領民の暮らしが続いている。

「……王都から、
 もう何も届きません」

 ゼファーが言う。

「それで、
 いいのです」

 エミーラは、
 穏やかに答えた。

「過去は、
 追いかけてくるものでは
 ありませんから」

 追い越しただけ。

 静かに。


---

 彼女は、
 もう“捨てられた令嬢”ではない。

 誰かに選ばれることで、
 価値を証明する必要もない。

 自分で選び、
 役割を果たし、
 その先で自然と選ばれ続けた。

 それだけの話だ。


---

 夜空に、
 星が一つ、瞬く。

 エミーラは、
 そっと息を吐いた。

「……ここが、
 私の居場所です」

 ゼファーは、
 何も言わず、
 ただ隣に立つ。

 それが、
 何よりの答えだった。


---

― 完 ―


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