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第22話 王を通さないという決定が、静かに下された
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第22話 王を通さないという決定が、静かに下された
その朝、王宮の回廊はいつもより静かだった。
ざわめきが消えたわけではない。
むしろ逆だ。
話す必要がなくなった――その静けさだった。
書記官が、分厚い封書を抱えて評議室へ入る。
封蝋は三つ。
いずれも、国外の紋章。
「……到着しました」
低い声で告げられ、重臣たちが顔を上げる。
「差出人は?」
「北方連合国、東方交易同盟、そして……聖教庁です」
その名が出た瞬間、室内の空気がわずかに引き締まった。
いずれも、旧王国にとって無視できない相手だ。
軍事、経済、宗教。
国の三本柱に、等しく影響を持つ。
「……開けろ」
財務卿の指示で、封書が開かれる。
書記官が、内容を読み上げた。
「――“今後の魔導基盤に関する協議について、
本件はエルフレイド・ヴァルシュタイン顧問を窓口とし、
直接協議を行いたく存じます”」
読み終えた瞬間、誰も驚かなかった。
――来るべきものが、来ただけだ。
「……他は?」
「東方交易同盟も、同様です。
“王宮を経由しない専門協議”を希望しています」
「聖教庁は?」
一拍、間。
「……“神域結界の安定に関する技術的見解を、
エルフレイド殿より直接伺いたい”と」
沈黙。
それは、
王権を完全に迂回する宣言だった。
評議室の奥、王太子アラルガンは、その場にいた。
だが、誰も彼を見ない。
「……返答は?」
軍務卿が問う。
「従来通りで良いでしょう」
財務卿が即答した。
「すでに、実務は顧問主導で回っています」
「異論は?」
ない。
王太子は、唇を噛みしめた。
「……待て」
ようやく声を出す。
重臣たちの視線が、
一瞬だけ彼に向く。
「それは、どういう意味だ」
王太子は、言葉を選びながら続ける。
「諸外国が、
この国の王を通さずに交渉するなど……
前例がない」
「あります」
ローディアスが、淡々と答えた。
「技術独占が発生した場合、
専門責任者を窓口とするのは、
国際慣例です」
「……私は、王太子だぞ」
「はい」
ローディアスは、頷く。
「形式上は」
その言葉は、
刃のように正確だった。
「実務上、
各国が必要としているのは、
判断できる者です」
王太子の喉が、鳴る。
「……それが、
私ではないと?」
誰も、答えなかった。
答えは、
すでに文書に書かれている。
――窓口:エルフレイド・ヴァルシュタイン。
会議は、そのまま進んだ。
王太子の意見は、
求められなかった。
終了後。
王太子は、
一人、評議室に残った。
「……王を、
通さない……?」
呟きが、虚空に落ちる。
それは、
追放でも、剥奪でもない。
不要判断。
最も残酷で、
最も静かな処分だった。
一方、隣国。
エルフレイドは、
立て続けに届く書簡を整理していた。
「……予想通りですね」
補佐官が言う。
「はい」
彼女は、淡々と答える。
「危機が去れば、
各国は次の“安定”を求めます」
「王宮を通さずに、
直接、顧問へ……」
「合理的です」
エルフレイドは、ペンを置く。
「王位は、
責任と判断力が一致して初めて意味を持ちます」
ゼノス・フォン・バルドールが、静かに言った。
「一致しなければ?」
「飾りになります」
即答だった。
「そして、
飾りは、
実務の場では使われません」
補佐官は、息を呑む。
その言葉は、
旧王国の現状を、
正確に言い表していた。
同日夕刻。
王宮には、
追加の報告が届く。
「……殿下」
書記官が、慎重に告げる。
「北方連合国が、
次回会談を、
隣国皇城での開催を希望しています」
「……王宮ではなく?」
「はい。
“技術顧問の都合を優先したい”と」
王太子は、
何も言えなかった。
その夜。
王都の酒場では、
こんな会話が交わされていた。
「聞いたか?」
「何を?」
「もう、
外国は王様に会いに来ないらしい」
「じゃあ、
誰に会うんだ?」
答えは、
誰もが知っている。
「あの人だろ」
「……エルフレイド様か」
その名は、
自然に出てくる。
もはや、
危険な囁きではない。
常識になっていた。
王太子は、
夜の回廊を歩きながら、
ふと立ち止まった。
壁に掛けられた歴代王の肖像。
誰もが、
堂々と正面を見据えている。
「……彼らは」
呟く。
「……何を、
恐れなかったんだ……」
答えは、
肖像画は返さない。
だが、
エルフレイドなら、
こう答えるだろう。
――責任から、
逃げなかっただけです。
王を通さないという決定は、
誰かの陰謀ではない。
静かに、
自然に、
合理の積み重ねで、
下された。
それは、
王位が空いたという意味ではない。
王位が、
世界の地図から消えたという意味だった。
その朝、王宮の回廊はいつもより静かだった。
ざわめきが消えたわけではない。
むしろ逆だ。
話す必要がなくなった――その静けさだった。
書記官が、分厚い封書を抱えて評議室へ入る。
封蝋は三つ。
いずれも、国外の紋章。
「……到着しました」
低い声で告げられ、重臣たちが顔を上げる。
「差出人は?」
「北方連合国、東方交易同盟、そして……聖教庁です」
その名が出た瞬間、室内の空気がわずかに引き締まった。
いずれも、旧王国にとって無視できない相手だ。
軍事、経済、宗教。
国の三本柱に、等しく影響を持つ。
「……開けろ」
財務卿の指示で、封書が開かれる。
書記官が、内容を読み上げた。
「――“今後の魔導基盤に関する協議について、
本件はエルフレイド・ヴァルシュタイン顧問を窓口とし、
直接協議を行いたく存じます”」
読み終えた瞬間、誰も驚かなかった。
――来るべきものが、来ただけだ。
「……他は?」
「東方交易同盟も、同様です。
“王宮を経由しない専門協議”を希望しています」
「聖教庁は?」
一拍、間。
「……“神域結界の安定に関する技術的見解を、
エルフレイド殿より直接伺いたい”と」
沈黙。
それは、
王権を完全に迂回する宣言だった。
評議室の奥、王太子アラルガンは、その場にいた。
だが、誰も彼を見ない。
「……返答は?」
軍務卿が問う。
「従来通りで良いでしょう」
財務卿が即答した。
「すでに、実務は顧問主導で回っています」
「異論は?」
ない。
王太子は、唇を噛みしめた。
「……待て」
ようやく声を出す。
重臣たちの視線が、
一瞬だけ彼に向く。
「それは、どういう意味だ」
王太子は、言葉を選びながら続ける。
「諸外国が、
この国の王を通さずに交渉するなど……
前例がない」
「あります」
ローディアスが、淡々と答えた。
「技術独占が発生した場合、
専門責任者を窓口とするのは、
国際慣例です」
「……私は、王太子だぞ」
「はい」
ローディアスは、頷く。
「形式上は」
その言葉は、
刃のように正確だった。
「実務上、
各国が必要としているのは、
判断できる者です」
王太子の喉が、鳴る。
「……それが、
私ではないと?」
誰も、答えなかった。
答えは、
すでに文書に書かれている。
――窓口:エルフレイド・ヴァルシュタイン。
会議は、そのまま進んだ。
王太子の意見は、
求められなかった。
終了後。
王太子は、
一人、評議室に残った。
「……王を、
通さない……?」
呟きが、虚空に落ちる。
それは、
追放でも、剥奪でもない。
不要判断。
最も残酷で、
最も静かな処分だった。
一方、隣国。
エルフレイドは、
立て続けに届く書簡を整理していた。
「……予想通りですね」
補佐官が言う。
「はい」
彼女は、淡々と答える。
「危機が去れば、
各国は次の“安定”を求めます」
「王宮を通さずに、
直接、顧問へ……」
「合理的です」
エルフレイドは、ペンを置く。
「王位は、
責任と判断力が一致して初めて意味を持ちます」
ゼノス・フォン・バルドールが、静かに言った。
「一致しなければ?」
「飾りになります」
即答だった。
「そして、
飾りは、
実務の場では使われません」
補佐官は、息を呑む。
その言葉は、
旧王国の現状を、
正確に言い表していた。
同日夕刻。
王宮には、
追加の報告が届く。
「……殿下」
書記官が、慎重に告げる。
「北方連合国が、
次回会談を、
隣国皇城での開催を希望しています」
「……王宮ではなく?」
「はい。
“技術顧問の都合を優先したい”と」
王太子は、
何も言えなかった。
その夜。
王都の酒場では、
こんな会話が交わされていた。
「聞いたか?」
「何を?」
「もう、
外国は王様に会いに来ないらしい」
「じゃあ、
誰に会うんだ?」
答えは、
誰もが知っている。
「あの人だろ」
「……エルフレイド様か」
その名は、
自然に出てくる。
もはや、
危険な囁きではない。
常識になっていた。
王太子は、
夜の回廊を歩きながら、
ふと立ち止まった。
壁に掛けられた歴代王の肖像。
誰もが、
堂々と正面を見据えている。
「……彼らは」
呟く。
「……何を、
恐れなかったんだ……」
答えは、
肖像画は返さない。
だが、
エルフレイドなら、
こう答えるだろう。
――責任から、
逃げなかっただけです。
王を通さないという決定は、
誰かの陰謀ではない。
静かに、
自然に、
合理の積み重ねで、
下された。
それは、
王位が空いたという意味ではない。
王位が、
世界の地図から消えたという意味だった。
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