白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾

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第十二話 王家の視線

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第十二話 王家の視線

 修道院が「白き銀行」と呼ばれ始めてから、王都の風向きは目に見えて変わった。

 商会は預託を増やし、貴族は娘を教育のために送り込み、銀行は修道院証書を正式な担保として扱う。

 そして——王宮が沈黙しなくなった。

 その日、王家の紋章を掲げた馬車が門前に止まった。

 修道院の石壁の前に、王家の色はあまりにも鮮やかだった。

「王家財務官が面会を求めております」

 門番の声はいつもより硬い。

 院長が私を見る。

「逃げられませんね」

「逃げる必要もございません」

 私は応接室へ向かう。

 ◇

 王家財務官は壮年の男で、無駄のない動きと計算された視線を持っていた。

「エルミナ修道女殿」

「神の平和が貴方に」

 形式的な挨拶の後、彼は単刀直入に切り出す。

「修道院の預託額は、王都流通銀貨の三割を占めている」

「誇張では」

「王家は誇張をしない」

 私は黙って彼を見つめる。

「王家は修道院の存在を歓迎している。しかし、均衡が崩れれば問題だ」

「均衡とは」

「王家の財政より強い信用を持つこと」

 院長の指がわずかに動く。

 私は落ち着いて答える。

「修道院は王家に敵対しておりません」

「だが資金は流れている」

 財務官は書類を差し出す。

 王家財政赤字。

 軍備増強費。

 税収不足。

 私は一瞥する。

「ご相談でしょうか」

「融資を願いたい」

 静かな爆弾。

 院長がわずかに息を呑む。

 王家が、修道院に。

 財務官は続ける。

「名誉のために公にできぬ。だが必要だ」

 私はゆっくりと椅子に背を預ける。

 王家は信用を保っている。

 だが現金が足りない。

 私は問う。

「担保は」

「王家税収の一部」

「具体的に」

「塩税」

 私は目を細める。

 塩は生活必需品。

 安定収入。

 魅力的だ。

 だが同時に、政治的爆弾でもある。

「条件がございます」

「言え」

「修道院の教育事業を王家が後援すること」

「……教育?」

「識字率向上は税収を増やします」

 財務官は沈黙する。

 私は続ける。

「塩税の一割を修道院教育基金へ。融資額は三年分割返済」

 院長が驚きの視線を向ける。

 王家と契約する。

 それは最大の賭けだ。

 財務官はゆっくり頷く。

「条件を受ける」

 書面が交わされる。

 王家と修道院の間に、新たな契約が成立した。

 ◇

 その夜、王都では噂が立つ。

 ——王家と修道院が手を組んだ。
 ——塩税が動く。
 ——白き銀行は国家を支える。

 ヴァルケン家にもその情報は届く。

 レオナルトは書類を握りしめる。

「王家まで……」

 彼は理解する。

 修道院はもう、単なる宗教施設ではない。

 国家の支柱だ。

 ◇

 修道院の塔の上。

 私は王宮の方角を見つめる。

 白い誓約は終わった。

 だが白い信用は、王家すら動かす。

 院長が隣に立つ。

「怖くはないのですか」

「ございます」

「それでも」

「契約は守ります」

 祈りは変わらない。

 だがその祈りの下で、王都の資金が再配置されている。

 鐘が鳴る。

 白き銀行は、ついに王家の一部となった。

 そして私は理解する。

 白とは、無色ではない。

 すべての色を受け止める、最も強い光なのだと。
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