『奢侈禁止令の鉄槌 ―偽の公爵令嬢が紡ぐ、着られぬ絹の鎖―』

鷹 綾

文字の大きさ
4 / 33

第4話 舞踏会の知らせ

しおりを挟む
第4話 舞踏会の知らせ

王都の春は早い。

まだ冷たい風が残っているというのに、貴族社会ではすでに次の季節の準備が始まっていた。

その中心にあるのが――王宮の舞踏会である。

王家が主催する、年に一度の大舞踏会。

王都中の貴族が集まり、若い貴族たちの社交の場となるだけでなく、政治的な挨拶や新たな縁談が生まれる場所でもあった。

ヴァルモン公爵邸でも、その話題が出ない日はなかった。

ただし――その話題の中心にいるのは、オルタンスではない。

「王宮の舞踏会よ!」

セレスティーヌ・ベルフォールの声が、朝の食堂に響いた。

彼女は椅子に座りながら、目を輝かせている。

「ついに私も出席できるのね!」

向かいに座る母、マルグリットが優雅に頷いた。

「ええ。公爵家の令嬢として、初めての正式な舞踏会ですもの」

その言葉に、セレスティーヌは満足そうに笑う。

「王都中の貴族が来るんでしょう?」

「もちろんよ」

マルグリットは紅茶を口に運びながら続けた。

「王太子殿下もいらっしゃるわ」

セレスティーヌは思わず声を上げた。

「本当に!?」

その様子を見て、父――ギヨーム・ド・ヴァルモンが満足そうに笑う。

「ははは。緊張することはない」

彼は堂々とした声で言った。

「お前はヴァルモン公爵家の令嬢だ。誰にも引けを取る必要はない」

その言葉に、セレスティーヌはますます胸を張る。

「そうよね」

そして、少し考えてから言った。

「じゃあ、舞踏会のドレスは最高のものを用意しないと」

「王都中の令嬢が集まるんですもの」

マルグリットは嬉しそうに頷いた。

「仕立て屋を呼びましょうか」

「いいえ」

セレスティーヌは指を振る。

「普通のドレスじゃつまらないわ」

彼女は少し身を乗り出した。

「もっと特別なものが欲しいの」

そのとき、食堂の扉が開いた。

一人の執事が入ってくる。

「旦那様」

「どうした」

執事は封筒を差し出した。

「王宮からの書状が届いております」

父は封筒を受け取り、ざっと目を通す。

そして頷いた。

「舞踏会の正式な招待状だ」

セレスティーヌが身を乗り出す。

「見せて!」

父は笑いながら封筒を渡した。

セレスティーヌはすぐに中身を取り出す。

上質な紙。

王家の紋章。

そして――

彼女の顔がぱっと明るくなる。

「ほら!」

彼女は母に見せた。

「ヴァルモン公爵家の令嬢、セレスティーヌ・ベルフォール!」

父も満足そうに頷いた。

「当然だ」

だが、その場にいた古参の執事は、一瞬だけ視線を落とした。

招待状の宛名。

それは、王宮側が書くものではない。

通常、家名で招待される。

つまり――

実際にはこう書かれている。

ヴァルモン公爵家令嬢殿。

それを誰が名乗るかは、家の中の問題だ。

しかし、その意味をセレスティーヌは理解していない。

「やっぱり私なのよ」

彼女は誇らしげに言った。

「公爵家の令嬢なんだから」

マルグリットは満足そうに笑う。

「ええ、そうよ」

父も頷く。

「堂々としていればいい」

三人はすっかり上機嫌だった。

そのころ――

屋敷の離れでは、オルタンスが机に向かっていた。

クロエが部屋に入ってくる。

「お嬢様」

「どうしました」

クロエは一通の封筒を差し出した。

「王宮からです」

オルタンスは受け取り、封を切る。

中から現れたのは、同じく上質な紙だった。

王家の紋章。

そして丁寧な筆跡。

クロエが小さく声を上げる。

「……正式な招待状」

オルタンスはゆっくりと読み上げた。

「ヴァルモン公爵家嫡女」

その言葉を聞いたクロエは息を呑む。

王宮は知っている。

誰が本当の継承者なのかを。

オルタンスは手紙を静かに畳んだ。

「舞踏会は、もうすぐですね」

クロエは少し不安そうだった。

「ですが……」

「義妹様も出席なさるのでは」

オルタンスは微かに微笑む。

「そうでしょうね」

「楽しみにしているようですから」

クロエは思わず言った。

「止めなくてよろしいのですか」

オルタンスは首を横に振る。

「いいえ」

彼女は窓の外を見た。

春の光が庭を照らしている。

「舞踏会は社交の場です」

「そして」

彼女は静かに続けた。

「王宮の場でもあります」

クロエはその意味を理解できなかった。

だが、オルタンスの声は落ち着いていた。

「舞踏会では」

「誰が何者なのか」

オルタンスは静かに言った。

「はっきりしますから」

クロエの背筋がわずかに震えた。

屋敷のどこかでは、セレスティーヌの笑い声が響いている。

まるで未来が輝いているかのように。

だが、オルタンスはただ机に手紙を置いた。

そして淡々と言う。

「準備をしましょう」

クロエは小さく頷く。

「はい、お嬢様」

オルタンスは窓の外を見たまま、静かに呟いた。

「もうすぐですから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

愛人の子を寵愛する旦那様へ、多分その子貴方の子どもじゃありません。

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵家の令嬢だったシアには結婚して七年目になる夫がいる。 夫との間には娘が一人おり、傍から見れば幸せな家庭のように思えた。 が、しかし。 実際には彼女の夫である公爵は元メイドである愛人宅から帰らずシアを蔑ろにしていた。 彼女が頼れるのは実家と公爵邸にいる優しい使用人たちだけ。 ずっと耐えてきたシアだったが、ある日夫に娘の悪口を言われたことでとうとう堪忍袋の緒が切れて……! ついに虐げられたお飾りの妻による復讐が始まる―― 夫に報復をするために動く最中、愛人のまさかの事実が次々と判明して…!?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...