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第4話 舞踏会の知らせ
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第4話 舞踏会の知らせ
王都の春は早い。
まだ冷たい風が残っているというのに、貴族社会ではすでに次の季節の準備が始まっていた。
その中心にあるのが――王宮の舞踏会である。
王家が主催する、年に一度の大舞踏会。
王都中の貴族が集まり、若い貴族たちの社交の場となるだけでなく、政治的な挨拶や新たな縁談が生まれる場所でもあった。
ヴァルモン公爵邸でも、その話題が出ない日はなかった。
ただし――その話題の中心にいるのは、オルタンスではない。
「王宮の舞踏会よ!」
セレスティーヌ・ベルフォールの声が、朝の食堂に響いた。
彼女は椅子に座りながら、目を輝かせている。
「ついに私も出席できるのね!」
向かいに座る母、マルグリットが優雅に頷いた。
「ええ。公爵家の令嬢として、初めての正式な舞踏会ですもの」
その言葉に、セレスティーヌは満足そうに笑う。
「王都中の貴族が来るんでしょう?」
「もちろんよ」
マルグリットは紅茶を口に運びながら続けた。
「王太子殿下もいらっしゃるわ」
セレスティーヌは思わず声を上げた。
「本当に!?」
その様子を見て、父――ギヨーム・ド・ヴァルモンが満足そうに笑う。
「ははは。緊張することはない」
彼は堂々とした声で言った。
「お前はヴァルモン公爵家の令嬢だ。誰にも引けを取る必要はない」
その言葉に、セレスティーヌはますます胸を張る。
「そうよね」
そして、少し考えてから言った。
「じゃあ、舞踏会のドレスは最高のものを用意しないと」
「王都中の令嬢が集まるんですもの」
マルグリットは嬉しそうに頷いた。
「仕立て屋を呼びましょうか」
「いいえ」
セレスティーヌは指を振る。
「普通のドレスじゃつまらないわ」
彼女は少し身を乗り出した。
「もっと特別なものが欲しいの」
そのとき、食堂の扉が開いた。
一人の執事が入ってくる。
「旦那様」
「どうした」
執事は封筒を差し出した。
「王宮からの書状が届いております」
父は封筒を受け取り、ざっと目を通す。
そして頷いた。
「舞踏会の正式な招待状だ」
セレスティーヌが身を乗り出す。
「見せて!」
父は笑いながら封筒を渡した。
セレスティーヌはすぐに中身を取り出す。
上質な紙。
王家の紋章。
そして――
彼女の顔がぱっと明るくなる。
「ほら!」
彼女は母に見せた。
「ヴァルモン公爵家の令嬢、セレスティーヌ・ベルフォール!」
父も満足そうに頷いた。
「当然だ」
だが、その場にいた古参の執事は、一瞬だけ視線を落とした。
招待状の宛名。
それは、王宮側が書くものではない。
通常、家名で招待される。
つまり――
実際にはこう書かれている。
ヴァルモン公爵家令嬢殿。
それを誰が名乗るかは、家の中の問題だ。
しかし、その意味をセレスティーヌは理解していない。
「やっぱり私なのよ」
彼女は誇らしげに言った。
「公爵家の令嬢なんだから」
マルグリットは満足そうに笑う。
「ええ、そうよ」
父も頷く。
「堂々としていればいい」
三人はすっかり上機嫌だった。
そのころ――
屋敷の離れでは、オルタンスが机に向かっていた。
クロエが部屋に入ってくる。
「お嬢様」
「どうしました」
クロエは一通の封筒を差し出した。
「王宮からです」
オルタンスは受け取り、封を切る。
中から現れたのは、同じく上質な紙だった。
王家の紋章。
そして丁寧な筆跡。
クロエが小さく声を上げる。
「……正式な招待状」
オルタンスはゆっくりと読み上げた。
「ヴァルモン公爵家嫡女」
その言葉を聞いたクロエは息を呑む。
王宮は知っている。
誰が本当の継承者なのかを。
オルタンスは手紙を静かに畳んだ。
「舞踏会は、もうすぐですね」
クロエは少し不安そうだった。
「ですが……」
「義妹様も出席なさるのでは」
オルタンスは微かに微笑む。
「そうでしょうね」
「楽しみにしているようですから」
クロエは思わず言った。
「止めなくてよろしいのですか」
オルタンスは首を横に振る。
「いいえ」
彼女は窓の外を見た。
春の光が庭を照らしている。
「舞踏会は社交の場です」
「そして」
彼女は静かに続けた。
「王宮の場でもあります」
クロエはその意味を理解できなかった。
だが、オルタンスの声は落ち着いていた。
「舞踏会では」
「誰が何者なのか」
オルタンスは静かに言った。
「はっきりしますから」
クロエの背筋がわずかに震えた。
屋敷のどこかでは、セレスティーヌの笑い声が響いている。
まるで未来が輝いているかのように。
だが、オルタンスはただ机に手紙を置いた。
そして淡々と言う。
「準備をしましょう」
クロエは小さく頷く。
「はい、お嬢様」
オルタンスは窓の外を見たまま、静かに呟いた。
「もうすぐですから」
王都の春は早い。
まだ冷たい風が残っているというのに、貴族社会ではすでに次の季節の準備が始まっていた。
その中心にあるのが――王宮の舞踏会である。
王家が主催する、年に一度の大舞踏会。
王都中の貴族が集まり、若い貴族たちの社交の場となるだけでなく、政治的な挨拶や新たな縁談が生まれる場所でもあった。
ヴァルモン公爵邸でも、その話題が出ない日はなかった。
ただし――その話題の中心にいるのは、オルタンスではない。
「王宮の舞踏会よ!」
セレスティーヌ・ベルフォールの声が、朝の食堂に響いた。
彼女は椅子に座りながら、目を輝かせている。
「ついに私も出席できるのね!」
向かいに座る母、マルグリットが優雅に頷いた。
「ええ。公爵家の令嬢として、初めての正式な舞踏会ですもの」
その言葉に、セレスティーヌは満足そうに笑う。
「王都中の貴族が来るんでしょう?」
「もちろんよ」
マルグリットは紅茶を口に運びながら続けた。
「王太子殿下もいらっしゃるわ」
セレスティーヌは思わず声を上げた。
「本当に!?」
その様子を見て、父――ギヨーム・ド・ヴァルモンが満足そうに笑う。
「ははは。緊張することはない」
彼は堂々とした声で言った。
「お前はヴァルモン公爵家の令嬢だ。誰にも引けを取る必要はない」
その言葉に、セレスティーヌはますます胸を張る。
「そうよね」
そして、少し考えてから言った。
「じゃあ、舞踏会のドレスは最高のものを用意しないと」
「王都中の令嬢が集まるんですもの」
マルグリットは嬉しそうに頷いた。
「仕立て屋を呼びましょうか」
「いいえ」
セレスティーヌは指を振る。
「普通のドレスじゃつまらないわ」
彼女は少し身を乗り出した。
「もっと特別なものが欲しいの」
そのとき、食堂の扉が開いた。
一人の執事が入ってくる。
「旦那様」
「どうした」
執事は封筒を差し出した。
「王宮からの書状が届いております」
父は封筒を受け取り、ざっと目を通す。
そして頷いた。
「舞踏会の正式な招待状だ」
セレスティーヌが身を乗り出す。
「見せて!」
父は笑いながら封筒を渡した。
セレスティーヌはすぐに中身を取り出す。
上質な紙。
王家の紋章。
そして――
彼女の顔がぱっと明るくなる。
「ほら!」
彼女は母に見せた。
「ヴァルモン公爵家の令嬢、セレスティーヌ・ベルフォール!」
父も満足そうに頷いた。
「当然だ」
だが、その場にいた古参の執事は、一瞬だけ視線を落とした。
招待状の宛名。
それは、王宮側が書くものではない。
通常、家名で招待される。
つまり――
実際にはこう書かれている。
ヴァルモン公爵家令嬢殿。
それを誰が名乗るかは、家の中の問題だ。
しかし、その意味をセレスティーヌは理解していない。
「やっぱり私なのよ」
彼女は誇らしげに言った。
「公爵家の令嬢なんだから」
マルグリットは満足そうに笑う。
「ええ、そうよ」
父も頷く。
「堂々としていればいい」
三人はすっかり上機嫌だった。
そのころ――
屋敷の離れでは、オルタンスが机に向かっていた。
クロエが部屋に入ってくる。
「お嬢様」
「どうしました」
クロエは一通の封筒を差し出した。
「王宮からです」
オルタンスは受け取り、封を切る。
中から現れたのは、同じく上質な紙だった。
王家の紋章。
そして丁寧な筆跡。
クロエが小さく声を上げる。
「……正式な招待状」
オルタンスはゆっくりと読み上げた。
「ヴァルモン公爵家嫡女」
その言葉を聞いたクロエは息を呑む。
王宮は知っている。
誰が本当の継承者なのかを。
オルタンスは手紙を静かに畳んだ。
「舞踏会は、もうすぐですね」
クロエは少し不安そうだった。
「ですが……」
「義妹様も出席なさるのでは」
オルタンスは微かに微笑む。
「そうでしょうね」
「楽しみにしているようですから」
クロエは思わず言った。
「止めなくてよろしいのですか」
オルタンスは首を横に振る。
「いいえ」
彼女は窓の外を見た。
春の光が庭を照らしている。
「舞踏会は社交の場です」
「そして」
彼女は静かに続けた。
「王宮の場でもあります」
クロエはその意味を理解できなかった。
だが、オルタンスの声は落ち着いていた。
「舞踏会では」
「誰が何者なのか」
オルタンスは静かに言った。
「はっきりしますから」
クロエの背筋がわずかに震えた。
屋敷のどこかでは、セレスティーヌの笑い声が響いている。
まるで未来が輝いているかのように。
だが、オルタンスはただ机に手紙を置いた。
そして淡々と言う。
「準備をしましょう」
クロエは小さく頷く。
「はい、お嬢様」
オルタンスは窓の外を見たまま、静かに呟いた。
「もうすぐですから」
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